冬の手触り -KYOKO

From -MARRIED

天気は良いのだけど、刺すような空気が、冬の真ん中を教えてくれる。
寒い中でもあまりそれを感じないのは、心がぽかぽかしてるからだと思う。
ほら…来た来た。

「ごめん、待った?」

そう言いながら、私の方へ敦賀さんが駆け寄ってくる。
朝、出がけに見たのと同じコート姿。
外で見るのは久しぶりだから、かな。
よく似合ってて素敵で、つい見入ってしまう。
何を着てもだいたいサマになるのもうらやましい。職業柄、なのよね。
そんなことを考えながら、すぐそばまで来てくれた敦賀さんを確かめるように
まずコートの上から触れてみた。
今日は、さっきまでこの近くで仕事をしていた私が、
敦賀さんの休憩時間に合わせて会えるように彼の現場まで来たの。
私はこの後、ここから移動しなくちゃいけないんだけど、
せっかく近くにいるのなら、少しだけでも会えたらなって。

「あっちの方が、あんまり人が来ないから」

行こう、といって差し出された敦賀さんの手を握って歩き出す。
私の方が外にいた時間が長いからかな、敦賀さんの手があったかい。
手触りもいつもどおりすべすべしてて、絡めた指で少し、
彼の手を愛撫するように、感触を確かめるようにするすると動かしてみた。

「…冷たいね…ごめん」
「ううん、大丈夫」

建物の壁沿い、少し木が生い茂っているところ。
歩みを止めた敦賀さんと私が、向かい合う。
そして私の髪をするっと撫でて、そんなことを言った。
それから身体をぐっと引き寄せられて、腕が身体に回されたから、
コート越しだけど、私も敦賀さんに身を預ける。
敦賀さん、これ、下に着てるのは衣装なの?
大丈夫かな、こんなにぎゅうぎゅうしちゃっても。

「これ、あったかそうだね…もこもこで。朝、してた?」
「ううん、さっきもらったの。可愛いなあと思って…」
「うん、よく似合ってる。可愛いよ…キョーコが」

今、私が首に巻いてるスヌード。
フェイクファーだから、ふわふわもこもこしてて、とってもあったかくて可愛いの。
これを見た時から、身に着けたところを敦賀さんに見せて、
可愛いって、言ってもらいたいって思ってた。
だからこれをして、会いにきたの。
でも敦賀さんがさりげなく言ったその「可愛いよ」が
耳を通り過ぎて身体の奥に触れるころには、何倍も威力を増して届いた気がして、
自分が予想していたよりもずっと、ドキドキして胸が苦しい。
可愛い、とか、好きだよ、とか…愛してるよ、とか
いつ言われても、こんな風に鼓動が跳ねてしまう。
私を打ち抜くには威力が十分すぎるほど。
とっくに陥落してるのに…敦賀さんの声も言葉も、すごい武器。
本当にさらりと言うの。
私がどれくらいどぎまぎしてるか、わかってない。
なんて思いながらも、そういうことを言われたらやっぱり嬉しい。
そしてそんな相手はこの先も私だけにしておいてね、って心の中で念を押す。

「昨日よりは早く帰れると思うから、一緒にご飯…食べさせて」
「うん」
「また電話するよ」
「私もかけていい?」
「もちろん。待ってる」

取れなかったらかけ直すよ、と言って敦賀さんが笑う。
笑顔を見るとまた、鼓動が大きく身体に響く。
もう…なんて言っていいのかな。
好き、愛してる…って言うしかない。
きっと、感情はそれをとっくに飛び越えてるから、ぴったりハマる表現が見つからないの。

よかった。会いに来て。
短い時間だったけど、やっぱり…出先で会えるって嬉しい。
すぐに離れてしまうのはもったいなくて、しばらく敦賀さんに抱きしめられたまま、
他愛のない会話をぽつぽつと交わす。

「ね…私、もう行くね、敦賀さん。寒いから…早く中に入って」
「もう?」
「うん…またお家でね」
「…はい」
「早く…帰ってきてね」
「うん、待ってて」

冬は寒くて、暗くて…なんて、マイナスイメージの方が先行しがちだけど、
でも、大切な人と過ごす時間は、季節ごとに新しい発見があることに気づいたの。
春も夏も秋も…そして冬も。
例えば冬は、外にいればこうして厚着をするから
「敦賀さん」に触れたくてもそこへたどり着くまでに時間がかかってしまう。
だけどそれも、敦賀さんを大事に包んでるものなんだ、って思えば、
その手触りごと、愛おしく感じられる。
それに、コートの敦賀さんに抱きしめられるのも、触れることができるのも、
冬だけの…私だけのお楽しみ。だから厚着の季節だって、とっても楽しい。
ふたりでいたら、きっとどんな季節だって。
そんな風にして、何度も巡ってくるいろんな季節を旅しようね。

ふたりで感じられる季節の手触り…これからも大事にしていきたいな。



2018/02/06 OUT
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