楽屋に入ってすぐ、ネックレスを外した。
首元が見えない衣装だったから、今日はつけてて大丈夫だったの。
ネックレスの先には…指輪。
仕事の内容によってはもう、つけたままってこともあるけれど、
ドラマや映画みたいな仕事だと、そうはいかない。
そもそもネックレスがつけられないときも、あるしね。
チェーンから指輪を取って、薬指にはめなおす。
ひんやりした感触が、気分を変えてくれて嬉しい。
変えてくれるというか…正確には、気分を「私」に戻してくれる、というか。
そう、これは結婚指輪。
ね。TPOによっては、つけていられない、もの。
別にそんなのは平気なのよ?
こうやって、つけられるようになったらすぐ戻せばいいんだし。
それに、なんていうのかな…毎回新鮮な気持ちになるって言ったら怒られるかしら。
敦賀さんとこういう関係になれたことに、いつも感謝の気持ちでいっぱいだけど、
こんな風に指輪をはめたり外したり、またはめたりしていると
そのたびに、その幸せを改めて確認できる。
ありがとう…嬉しい、幸せ、って。心の底からそう感じる。
本当に、大切なもの。
敦賀さんがくれたものの中でもトップクラス。
あ、違うのよ。みんな…嬉しいの。
何をもらっても、何をしてもらっても、みーんな、嬉しい。
でも、これはきちんと意味があって、
私と敦賀さんとの関係に名前をつけてくれるもの。
対外的なメッセージにもなるし、何よりも、私と敦賀さんだけが持つ特別なお揃い、だから。
「よし、片付いたっと。じゃあ…行きますか」
今日は、なんと!
私と敦賀さんの仕事の終わり時間がそんなに変わらなくて、
しかもそれでお互い本日の営業は終了。場所は同じテレビ局。
…信じられる?
だからね、迎えに行こうと思ってそう伝えてあるの。
私の方が、少し早く上がれるはず。
それで、一緒に帰りましょうって。
すっごく楽しみ。
自分の楽屋を出て、違うフロアの敦賀さんのところへ向かって歩き出す。
指輪ひとつで、スイッチ切り替わったみたい。早く、逢いたいな。
*
「敦賀さん、いい?」
たどり着いた敦賀さんの楽屋前。貼られている名前をきちんと確認して、
こっそりノックをして小声でそう問いかけた。
するとすぐに中からドアが開いて、微笑む敦賀さんが見えた。ドキドキ、する。
朝も顔を合わせてるのに、どうしてこんなに嬉しいんだろう…。
「いらっしゃい。俺も今終わったから…待ってて、用意する」
その前に、と敦賀さんが私の手を取りドアを素早く閉めてから、ぎゅう、って。
これも、ちゃんと朝、やってるのに。
「つ、敦賀さんっ、続きは帰ってからにしましょう、ね?ね?」
「そう?じゃあ早く帰らなきゃ」
ここじゃいくらなんでも、ぎゅうが限界だと思った私の言葉に、敦賀さんが楽しそうに応える。
だってここはお家じゃないんだもの。
…あれ、続き、帰ってからしましょう、って私、言ったよね。
これって、続きを催促してるみたいじゃない…敦賀さんすごく、うきうきしてるように見える。
あぁ…帰って続きってどういう…その先は帰ってから考えよう。
そんなことをぐるぐる思いながら支度をする敦賀さんを見ていると、首に手をやるのに気づく。
あ、そうか…今日は敦賀さんも、なんだ。
「ね、敦賀さん…私、やってもいい?」
「え?」
突然の私の言葉に、何を言われたのかわからない風な敦賀さんに近づいて、両手を差し出す。
私につられて敦賀さんが不思議そうな表情で、手の中にある指輪とチェーンを私にくれたから、
そこから指輪だけを取って、両手でぎゅっと包む。
はまってない状態の敦賀さんの結婚指輪に触ることなんてあんまりない。
指輪単体ですら、敦賀さんに触れてるみたいに愛おしいなんて。
「左手を出してね」
「あぁ…うん」
敦賀さんが意図を察して、左手の甲を上にして私に向けてくれた。
その手を取って、彼の薬指に静かに指輪をはめる。
自分で思いついておいてこんなことを言うのも変なんだけど、
どうしよう…すごく、感動的。
何て言おうか一瞬悩んで、敦賀さんの左手をそっと握る。
「はまりましたよ」
そのまま見上げたら、敦賀さんが照れくさそうに笑ったのが見えた、と思ったら
そこからすぐ、身体が引き寄せられて抱きしめられてしまった。
帰ってから、って言ったばっかりなのに。
「俺は今…理性が試されてるのかな」
「…どうでしょう?」
そう言う私の方も胸がいっぱいになって、敦賀さんの身体をぎゅっと抱きしめた。
ここではやめましょう、なんてやっぱりダメ。
本当は私だって、いつでもこういう風にされたいって思ってるのかな。きっと。
「少しだけ、いい?」
そんな言葉と同時に、敦賀さんが私の顎に手をかけて、キスをした。
楽屋では、と思ったけれど、私も基本的に…嫌じゃないからどうしよう。
どうしようってもう、しちゃってる、けど…。
少し触れてから、ゆっくりと敦賀さんが離れていく。
そのあと、誓いのキスだよ、と呟いて笑った。
そう…そうよね…あの後、キスもしたもの。指輪をはめて、それから静かにキスをした。
きっと敦賀さんと私のキスはみんな、そうなのかもしれない。
するたびに、相手の存在に感謝したい、そういう気持ち。
これからも互いを慈しみ思いやりながら、幸せに暮らします、っていう誓いをまた、新たにできる…そんなキス。
「帰ろうか」
「いいの?ひとり?」
「うん、大丈夫」
楽屋のドアを閉めた敦賀さんとふたり、並んで歩き出した。
私を壁側にして通路側を歩く敦賀さんの隣で、自分の身体が少しずつ彼の方に寄っていくのがわかる。
あぁ…なんだか今すぐにでも、手をつなぎたい気分。
こんな調子じゃ、続きだって私の方からおねだりしちゃうかもしれない。
ねえ敦賀さん、どこからなら大丈夫だと…思う?
2018/01/14 OUT