乱気流 -KYOKO

From -MARRIED

今はあまりよく表情が見えないけれど、触れたところから伝わる温度が
敦賀さんの気持ちの端っこくらいは教えてくれるような気がしたから、
どうしたの…?と、言葉にはしないで心で尋ねてみる。

すべてを言葉にして欲しいとは思わない。
もちろん、ちゃんと言葉にしてくれないと困ることも、あるわよ?
えっと…その…好きだよ、とか、そういう言葉も言ってくれると嬉しいし安心する。
気持ちもそうだけど、生活の中の些細なことも、言葉がないと成り立たない。

だからって、心の中のすべてを言葉にする必要はない。
例えば、私の知らないところで何かがあったとして
敦賀さんがそれを私に言葉にして伝えたいと思えば、そうしてくれたらいいし、
私に言うほとじゃない、と判断したのなら、それはそれで構わない。

と、思っているのだけど…気にならないわけじゃあ、ないのよね。
何か変だな、と思って、でも、思い切って聞くこともできない。
よそよそしいわけじゃなくて…なんて言ったらいいのかしら。
どんなに近しい間柄でも、踏み込んではいけない部分って、あるでしょう?

「敦賀さん」
「うん…」

名前を呼ぶと返事をしてくれる。
こんなに近いところにいても、許される。
触れて、キスをして、身体を繋げて、これ以上は近づけないってところまで近づいても
本当のあなたには、誰も触れられない。
もちろん…想像するのは自由だし、私はいつもそうやってあなたのことを精一杯想う。
けど。

ねえ、何か…あった?
言いたくないならそれでもいい…ううん、やっぱり心配。
さっきあなたはいつものように私を抱いたけど、ときどきチクリと違和感があった。
繰り返し私の名前を呼んで…時には小さくごめん、と謝って。
別に無理なことをしてたわけ、じゃ、なかったのに。

いきなり嵐の中に放り込まれて、あまり思考はまとまらなかった。
ただ、もしかして敦賀さん、泣きそうなんじゃないかな、って
的外れかもしれないけど、そんな風にも、思えた。
表面的にはあまり変わらない。
前後不覚になるようなこともないし、私を見てちゃんと笑ってくれた。
抱きしめられてからが…少しずつ違っていった気が、するだけ。
してもいいかな、と言われて、突然だからびっくりした私が返事をする前に、
というよりも敦賀さんがその返事を飲み込むように私の唇をふさいで、
気づいたらベッドルームで敦賀さんと抱き合ってた。

こんな風になる前には想像もしなかったくらい、
あなたの感情の動きを間近で見るようになって、
他の人よりはきっと、いろんなことがわかるようになったと思ってる。
そして、誰よりも深く理解しようとして、アンテナをいつも張り巡らせてる。
だから…多分今日のこれ、は、私にしかわからないんじゃないかな。
そのことが嬉しくて…でも切ない。
もし、あなたが負の感情に少しでも揺さぶられているとしたら。

「ごめん…」
「…どうして謝るの?」

切ないんだけど…
敦賀さんがこういう風にして感情を鎮めようとしたかったとして、
そうしてあげられる、というかその相手は私だけ、なんだと思えば、
嬉しさと切なさがないまぜになった、わかりにくいんだけれど
きちんと形を整えてみれば幸せな気持ちと呼べるような、
そんな想いが心の中を支配していくのがわかる。
利用されたとは思わない。
素直にぶつけてくれたんだ、って思う。
体裁を取り繕わない姿を見せてくれてるって、思える。

誰か一人と深く関係を紡いでいく、って、言葉でいうのは簡単だけれど
奥が深くて、いつも新しい発見がある。
誤解を恐れないで言葉にすれば、どの瞬間も一度きり。そんな風に思える。
だからこの瞬間も、彼のことを見逃すまいと、私は神経を張り詰める。
緊張、してるわけじゃなくて。ただ、あなたのことを、想って。
それが、敦賀さんとこうして一緒にいる意味、なんじゃないのかな。
私にだけ許された特権みたいなもの、だもの。

「…君の了解も得ないで…こんな風に」
「ううん、大丈夫…だから」

嵐が収まって少しした後。敦賀さんが静かに口を開く。
私の了解だなんて…勢いでこんな風になだれ込んだことを謝るのは、違うよ、敦賀さん。
私だって…本当に無理な時はきちんと断るでしょう?
…大体は、断らないでいるんだけれどね。
私が本当に無理な時は、何故だかこういうことにはならない。

「謝らなくていいの」
「いや…」
「じゃなくて」
「え?」
「だって…イヤイヤしてたわけじゃないもん…」

敦賀さんが、良い時も悪い時も私といたい、私と…そうしたいって思うなら、
それは多分私も同じ。
些細なことで落ち込んだりした気分を、敦賀さんで癒して欲しいとか…
思っちゃったりするもの。
抱きしめて欲しい、とか、抱いて…欲しいとか…っ。
それで、ひとり安心したりする。
だから、それを敦賀さんが同じように思ってたとしても不思議じゃない。
今日のこれ、がそうなのかどうかは…もちろん私の妄想なんだけど。

「うん…」

そーっと顔を覗き込んでみたら、敦賀さんがすごく嬉しそうに微笑んで、私の額にキスをした。
よかった…いつもの敦賀さんだ。
大したことなかったのかな…そんなのわかるわけ、ないか。
全部想像してみるしかないんだけど、
でも、今、目の前の敦賀さんが…穏やかな表情でいるのがすべて、なのよね。
うん。

「もう少し、こうしてていいかな…?」
「…もちろん」

ありがとう、という言葉が降ってきたかと思えば、すぐに、敦賀さんの唇が私のあちこちに触れていく。
そのうちまた…始まったりするのかな。今はまだ、スキンシップみたいに戯れてるだけ。
いいや…今日は…というか、今日も、かな。
敦賀さんのしたいように、してもらっていい。
だって敦賀さんは、いつだって私のことを大切にしてくれてる。
少し強引な時もあるけれど、それでも本気で嫌だと思ったことなんて、一度もないもの。
今日も無理矢理、なんてちっとも思わなかった。

ねえ…敦賀さん。
敦賀さんが私にしたいと思うことは…全部、していいんですからね?
あなたとなら、なんだって。
なんて、言葉にできたら…奇跡よね。
今はこうして、心の中でそっと想うくらいしか、まだできない。
心の中で思うだけでも、相手が実際に目の前にいるわけだから、それも恥ずかしい、け、ど。

「ありがとう…」

半ばうっとりと目を閉じていたら、敦賀さんがそう呟くのが聞こえた。
なんだろう…2回目の、ありがとう、だなんて。
嘘みたいに、空気の凪いだ静かなベッドルーム。
…まさか私の心の声が、聞こえたりなんか…してないよね…?



2018/01/07 OUT
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