あのころ -KYOKO

From -MARRIED

ふわふわしてて、目を閉じてる。
見た目もかわいいけれど手触りが好きで、
ずっと触ってたい気持ちと、汚したくない気持ちがせめぎあう。

ベッドの端のほうにあったり、ソファの上にあったり、
そのときどきで場所は変わるけれど、ずっと一緒だった。
あ、厳密に言うと本当にずっと一緒なのは…敦賀さんかな。
ね、ひつじさん。

今日はベッドの枕のなかに埋もれてた。
簡単に掃除をしてて見つけたの。
このコも枕だもんね。敦賀さんがここで使ってるのも何回も見たことあるし。
年数のわりにはそんなに汚れてもいないし、くたくたになってる風でもない。
久しぶりに見たとき、あぁ、大事にされてたんだって思った。

何気なく敦賀さんと一緒にいるこのコを見つけると、思い出す。
私が敦賀さんにこのコをプレゼントしたときの気持ち。
私と敦賀さんの、そのときの関係。
そのあと、敦賀さんを想う気持ちが少しずつ大きくなって、苦しいこともあった。
だけど…敦賀さんとこんな風になるなんて、きっと想像もしてなかった、よね。
物理的には近くにいた。だけど、近くにいけばいくほど、遠くも感じてた。
気持ちはどんどん大きくなるのに…いろんなことに縛られて身動きが取れない状態。
あの頃の私が、今の私を…今の私と敦賀さんを見たらきっとびっくりする。
いつも思うの。
あの頃、敦賀さんがどんな風に想ってくれてたかも知らない私が見たら、どう思うかな。

玄関のチャイムが鳴る。
敦賀さんだ。
さっき、連絡もあった。

「お帰りなさいっ」
「ただいま」

玄関へ行くと、敦賀さんが靴を脱いでこっちへ来るところだった。
私に気づいて、いつものように優しく笑う。
あぁ、もう。
好き。
どうしよう、昔のこと、考えてたからかな。
敦賀さんが笑うのを…
私に向かってとびきりの笑顔で「ただいま」って言ったのを見て、胸がぎゅーっとなる。
おかえりなさいのハグとキスをしようとして、
互いに近づいたところで、うっかり涙が頬を伝うのがわかった。
気持ちが…ふいにあふれて。
だって…私、本当に。
敦賀さんとこんな風になるなんて…思ってもみなかったの。
彼のことを好きだった。だけどそれ以上を望むことはできないと思ってた。
決して望んだりしないと、思ってた。

「ど、うしたの…何かあった?」

すぐそばから、うろたえた声。
やだ、泣いたりしたからびっくりさせちゃった。
ちがうの、何もないの。
ただ純粋に、幸せだなって思っただけなの。
あなたの帰りを待てること…あなたが私に当たり前のように「ただいま」と声をかけること。
そんな普通のことが、何より幸せなんだ、って。

「ごめんなさい、大丈夫」

敦賀さんがさっきしてくれたように、とびきりの笑顔で笑ってみせた。
涙をぬぐって、少し背伸びをして、敦賀さんにおかえりなさいのキスをする。
唇を離して、私の行動に意表をつかれたような敦賀さんにぎゅっと抱きついた。
敦賀さんもすぐに私を抱きしめてくれる。
おかえりなさい、敦賀さん。

この人と…敦賀さんとこうして一緒にいられる時が必ずくる。
だから、ちゃんと敦賀さんのこと、好きでいていいんだよ、って言ってあげたい。
苦しいかもしれないけど、その気持ちは宝物のようなもの。
もういちど、人を好きになった。
ううん、こんなにも好きになったのは初めてかもしれない。
それくらい、私のなかでは革命的なことだった。
苦しくて、しんどくて、でも胸があったかくて、顔を見ただけで嬉しくてたまらない。
そういう気持ちが自分の中に生まれたことを…手放しで喜んだりはできなかったけれど、
大事にしようと思ったのも本当のことだったから。
大丈夫、何があっても敦賀さんのこと、ずっと好きでいていいんだからね、って…伝えたい。
あのころの、私に。

敦賀さん。
大好き…大好き、敦賀さん。
あなたのことを好きでいさせてくれてありがとう。
私のことを好きになってくれて…ありがとう。
あのころからずっと、これからもずっと大好き…!


2019.04.07 OUT
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