SWEET MEDICINE -KYOKO

From -MARRIED

少し、熱っぽいかも。
起きてからなんとなくそんな感じがしていて、はっきりと自覚しかけたその時。
敦賀さんが私のことをじっと見つめているのに気づいた。
「体調、良くない?」
すごい、敦賀さん。
私は今初めて自分で、熱っぽいのかな?って、それも疑問形だったのに。
「ううん、大したことはないと、思うけど…」
慌てて顔の前で手を振って、大丈夫、なジェスチャーをしてみたけれど、
案の定、ちょっとだけ怖い顔の敦賀さんとまたもや目が合ってしまったので、しどろもどろになっていると、
最終的にふわっと身体が彼に引き寄せられて、包まれる格好に、なる。
だめよ敦賀さん…もし私が風邪だったら、移ってしまうじゃない…。
「ひとりで、大丈夫?」
結局、抱きしめられたまま、しばらくして敦賀さんがそんなことをぽつりと言った。
もちろん、大丈夫。子どもじゃないんだから、と思いながら、
だけどそんな敦賀さんの言葉がくすぐったくて、嬉しかったりして。
「何もしなくていいから、寝てなさい」
身体を少し離したら、心配そうな表情に変わっていた敦賀さんが私に言い聞かせるようにそう呟いた。
でも…。
「大丈夫、ですよ?」
ふらふらしてるわけでもないし。
「今日はオフだからね…いいけど、今日しか休めないんだよ?」
「…うん、そうでした。ごめんなさい…体調管理も仕事のうち…」
「最近、すごく忙しかっただろ……疲れてるんだよ、家事なんかしなくたって大丈夫だから」
諭すような敦賀さんの声に、自分の甘さを反省する。
そうよね、今日しっかり休んで、また明日からお仕事、あるんだもの。
言葉だけをつかまえれば、怒られてるように思うかもしれないけど、声はちっともそんな風じゃない。
どこまでも優しい。
なんとなく離れがたくて、もう一度、敦賀さんを今度は私からぎゅっと抱きしめ返した。
…よし。充電した。大丈夫…あなたが帰ってくる前に治すからね。
顔を見合わせて、どちらからともなく笑う。
もちろん、行ってらっしゃいの挨拶は、きちんとするからね。

見送るために玄関まで移動して、敦賀さんが靴を履くのを見守る。
移ると困るから、ほっぺにさせてね、と言うと、俺は大丈夫だよ、と敦賀さんが笑った。
ううん、私が困るの。
だから、少し背伸びをして敦賀さんのほっぺたに行ってらっしゃいのキスをする。
そうしたら、お返しとばかりに、敦賀さんが私のおでこに口づけた。
「何かあったら、電話してきて」
「はい…気を付けてね、行ってらっしゃい」
行ってきます、と微笑んだ敦賀さんが、今度は私の手を取ってそっとキスをする。
少しびっくりしてそれを見ていたけれど、やがて敦賀さんがドアの向こうに消えると、
なんとなく寂しさが襲ってきた。
時々、こんな風にして玄関先で別れると、これが最後になったりすることもあるのかも、
なんて思ったりする。
そうなっても後悔しないように…というわけではないかもしれないけど、
別れ際にはずいぶん濃厚なコミュニケーションを図ってる、とは思うの。
朝から何をやってるんだろう、と思われるくらいには。うふふ。
いつもだったら、敦賀さんが先に出るときには、まずハグをして…少し長めにキスをして、
それからもう一度、ハグかな。
…少しの間、遠くへ行く時のお見送りみたいにやってるかも。
敦賀さんが、こういうのが好きなんだろうなあ、と思ってたのがいつの間にか私の中でも習慣になった。
次、いつ逢えるかどうかわからない。そういう状況にいたこともあったから、余計によね。
ふたりでいられる時に、できるだけお互いを刻みつけておきたい、そういう名残なのかなとも思うの。
とにかく可能な限り、ずーっと触れ合ってたような、気がする。
あれ?それは今も…よね。
「早く…帰ってきてね」
やっぱりこれっきりじゃ、イヤ。だって今日はちゃんとキス、してないから。
敦賀さんが消えていったドアを見つめて、呟いた。
もしこれを聞いてたらきっと、予定をねじまげて帰ってきそうな感じもするから、控えめに。
ここへ帰ってくることはわかっているのだけど、
今別れたばかりなのにもう、逢いたいなあ、なんて。わがまま。
体調が万全じゃないから弱気になってたりする、のかな。

*

言われた通り、おとなしくしてようとは思ったの。
でも、やっぱり自分が気になるからとりあえず簡単に片づけなんかをしてたら
なんとなくふらふらしてくるのがわかるくらいになったから、
もしかして少し、熱が上がっちゃったのかな、と焦って、
せめて、敦賀さんが帰ってくるまでにはなんとかしなきゃ、と思って
手持ちの市販薬を慌てて飲んで、ベッドルームへ移動してきた。

広いベッド。
真ん中でいつもふたり、くっついて眠るから、
こんな明るい時間にひとりでいるなんてすごく不思議。
この家で一番敦賀さんの気配を感じられるのも、ここ、なのかな。なんてしみじみする。
ほんの1~2時間前まで一緒にいたところだし、長い夜を過ごすところ。
普段、仕事がある時には、リビングで過ごす時間なんてほんの少しだもの。
ベッドルームでも、眠ってしまえばお互い、夢の中では別々。
だけど体温は常にすぐそこにあるから、起きている間に逢える時間がすくなくても、平気。
憶えてはいないけれど、夢の中で逢ってるのかもしれないし。

ブランケットをかぶると、敦賀さんの香りがブランケットと一緒に私を包む。
ふう、と一息ついて、目を閉じた。
ドキドキして、嬉しくて、安心…する。そばに、いてくれてるみたいで。
やっぱりこのお部屋、最強かも。
最強で、最愛の、ベッドルーム。

*

「ただいま」
ガサゴソという音に、うっすら目を開けると、買い物袋を持った敦賀さんがぼんやりと視界に入って、
意識が一気に戻るのを感じた。
え…?あれ?どうしたんだろう。まだ…明るいのに?
「敦賀さん…どうしたの?」
「うん。ごほうび、かな…ただいま。心配したんだよ、電話…出ないから」
「あ…ごめんなさい…っ。私も電話しようと思ってたの。でも、今まですごくよく眠ってた感じ…すっきりしてる」
「そうだね、そんな顔してるよ」
身体を起こした私のそんな言葉を受けて、敦賀さんがホッとしたように小さく笑う。
それからすぐ、ベッドに腰を下ろした敦賀さんに抱き寄せられた。
もたれかかったら、伝わってくる体温からも彼の存在を存分に感じられるのが嬉しくて。
「予定、変わったから早く帰れたんだ。不謹慎だけど、なるべく早く帰りたいって思ってた。それが通じたのかな」
「何かトラブル?」
「うーん…半分は、そうかな。でも大したことないよ、少し延びただけだと思う」
敦賀さんが自分で予定をねじまげたわけではないんだろうけど…なんだか楽しい気分になっちゃう。
すごいな…何かの魔法でも使ったのかな、と思っていると
それを察した敦賀さんが、さすがに俺も何もできないよ、と笑った。
それはそうよね。そんなことができたら、やがて世界征服だってできるようになりそう。

改めてハグ、したあと、敦賀さんがベッドへ入ってくる。
いつも眠りにつく時と同じようにふたり、並んで寝ころんだ。
そうだ。昨夜は敦賀さんが遅くて、あんまり会話もしてない。
「心配してたよ…ずっと。あんまり、無理しないで」
いつものように、とろけてしまいそうな優しい表情で、敦賀さんが口を開いた。
同時に、私の頭をそっとその手が通り過ぎる。
うん…ごめんなさい。確かにちょっと…キャパオーバー寸前だった気も、する。
お仕事、みんな大事で、結果全力投球で無理してたのかな。
でも受けたのは私だから、見通しが甘かったのよね。
もっと体力つけて、がんばりたい。必要と…されているなら。
「体力、自信あったつもりなんだけど…反省、してます」
「キョーコが謝ることじゃ、ないよ」
俺もすごく気になってたから、と静かに言葉を紡ぐ。
敦賀さん、気にしてくれてたんだ。
大丈夫。明日からは少しペースも落ちるし、何より今日、たっぷり「敦賀さん」で充電したもの。

ここのところ、私が遅かったり敦賀さんが遅かったりで、
昨日だけじゃなくて何日もすれ違いの生活、してた。
こうしてゆっくり会話をするなんて…何日ぶりだろう。
さっきは、ベッドルームの中でチャージできたような気がしていたけど、
「本物」の威力って…すごい。
ここらへんで、ふたりの時間を作るようにって神様からのごほうびなのかな。
さっき、敦賀さんも言ってたもんね。ごほうび、って。
うん、本当に十分すぎるごほうび。

ただ並んで横になっていたのが、どちらからともなく互いに手を伸ばしてみたりして。
そんなスキンシップがただ楽しくて、クスクスと笑いながら、
敦賀さんが私の髪に口づけたり、私が敦賀さんの両手を取って、ほっぺたを包んでみたり。
ベッドの上でそうやってべたべたしているうちに、
キスしてもいい?と敦賀さんが言うから…一瞬悩んだけれど、もちろん、とうなずいた。
敦賀さんの顔がそっと近づく。
朝はしなかったから、その分も、なのかな。
ゆっくり…何度もゆっくりと唇を重ねた。
互いに優しく触れる、柔らかなキス。
「続き…したいところだけど」
「え…まだ明るいですよ?」
「うん…だから、夜まで待って、君の体調がよかったら」
約束、と、言葉よりも吐息に近いささやきが、私の耳をふんわりと包んだ。
ストレートに誘いをかけられるよりも、よっぽど身体を揺さぶる。
私の中にしっかりと刻まれているその「続き」が、遠くで手招きしているようで、
今からもう、少しずつ身体の熱が上がっていく、みたい。
さっきのとはまったく別の、「熱」。

ひとりでドキドキしていたら、すぐそこから、すう…と敦賀さんの穏やかな寝息が聞こえてきた。
あ…眠っちゃったんだ、敦賀さん。
疲れてるのは、あなたも同じよね。もしかしたら私よりもずーっと。
そんな素振りは見せないけれど、そもそも忙しくなかった試しがないんだもの。当たり前よね。
あ、そう言えば電話したって…敦賀さん。
近くにあった携帯に手を伸ばして画面を見ると、確かに着信がある。
えっと…4回…!
そっか…敦賀さん、忙しいのに合間を見て、そんなにかけてきてくれてたんだ。
なんだかそれを見ただけで、敦賀さんの気持ちごと流れ込んできたようで…胸がいっぱいになる。
そんな気持ちを伝えたくて、眠っている敦賀さんに自分の身体をぐっと寄せた。
胸元に頭をぴたっとくっつけたら、無意識の敦賀さんの腕が私を抱きしめる。
伝わるかな。嬉しくて、少し苦しくて、とても一言で言葉にできない…そんな気持ち。

敦賀さんの寝息をBGMに、私ももう少し、眠ろう。
今なら夢の中まで追いかけていけるかしら。待っててね。
目覚めたらもっと回復してると思うの。
そうしたら…夜にはきっともう、大丈夫…だからね。
なんて。

そうだ、私…まだ言ってなかったよね。
敦賀さん、2回も言ってくれてたのに。
「ごめんね、敦賀さん…おかえりなさい」
今日も無事に帰ってきてくれて、とっても嬉しい。
それも、ふたりでゆっくり過ごせる時間っていうおまけ付きで。
何よりあなたが…私にとってはお薬みたいなもの、なのよ?
ビタミン剤…風邪薬、なんだろう…
それとも、何にでも効いちゃうとっておきの…特効薬、ってとこかな。


2018/01/10 OUT
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