春の記憶 -KYOKO

From -MARRIED

暖かいと思う日が次第に増えてくるころ。
敦賀さんとくっついていても、その体温の感じ方が変わってくると、ちょうど季節の変わり目なんだと気づく。
一番寒い時よりも…柔らかく感じる、っていうのかな。
冬だと…冷えた中でより強く感じていたものが、少しだけゆるんでくるイメージ。じんわりと伝わるそれが愛しくて。
気温と同じように柔らかくなってきた日射しの中にたたずんで、微笑む彼を見ると、とっても安心する。
どんな季節でもそばにいたい。そんな願いが叶えられてるんだと思える。
春が巡ってくると、また一緒に新しく季節を旅することができるって、実感できるの。

サイドテーブルの上にあるキラキラ。
カーテンから射す光に浮かぶそれ、を手に取ってみる。
昨日、大きなお仕事の顔合わせのために久しぶりにつけてみようと思って出してきた指輪。
少し験担ぎアイテムみたいにしてて…
あとは…お家のことをするときに傷んでしまうと嫌だな、と思うこともあって、ひときわ大切に扱ってる。
それを敦賀さんも知っていて、ポーチから出して指にはめようとした私に声をかけてくれたの。
もちろん、私がどうしてそうしたのか、その理由もきっとみんな、わかってて。
それで、たくさん念を入れてくれて、指輪にキス、までして、幸運が訪れるように…って、優しくはめてくれた。
今、思い出してもため息が出てしまう。
自分で着けるときも同じ。この指輪に込められているであろう敦賀さんの想いが伝わってきて、
触れるだけでも胸がきゅーんとする。
右手の小指に着ける指輪、は、それくらい、私の中では特別なもの、だから。
きっと敦賀さんにとってもそうなんじゃないかな。

春がなんとなく特別な季節になったのは、きっとあのことがあったからかな、なんて思ってる。
あなたと過ごした春の中でも、とびきり大切な思い出。

敦賀さん。
あなたの心にある幸せな風景を、私に教えてくれてありがとう。
共有できたことがとても嬉しかった。
そして、そんなあなたとご両親の素敵な思い出は…私にも幸せをくれた。
綺麗なお花のリングが作れるのに驚いたことも、
それを、私の幸運を祈りながらはめてくれたことも…
あのときは…あの瞬間には、複雑な気持ちもあったけど、その時は仕方のないことだったのだけど、
今はもう、間違いなく宝物のような記憶なの。

あれが、あなたに指輪をはめてもらった初めて、になるのよね。
あの日から始まるピンキーリングにまつわるあれこれ、が印象的だったから、
春になると思い出して、心があたたかくなる。
後に改めて贈られたピンキーリングを何度となくはめてもらっているけれど、
そのたび、受け止めきれないくらいの気持ちが私に降りてくる。
折り重なる記憶の幸せな出発点を振り返るとき、それが春だったことが、実は大切だったんだな、って…思うの。
そうじゃなきゃ、最初のあの「リング」、きっともらえなかったもの。
物事はみんな、なるべくして進んでいくんだと、いつも通り過ぎてからわかる。
そういうもの、なのかな。

「おはよう」
指輪を眺めて少し感傷に浸っていたら、そんな声と一緒にぎゅうっと抱きしめられた。
「…起きてたの」
「なんか…キラキラしてたから」
貸してごらん、と敦賀さんが私の手からピンキーリングを取る。
「今日も、キョーコにたくさんの幸運がありますように」
指輪にキスをして、それから私の右手の小指にも唇で触れて、ピンキーリングをそっとはめた。

ああもう。
どうしよう。
ねぇ敦賀さん…朝ごはんの支度、できなくなっちゃうじゃない。
昨日もそうだったけれど、あなたにはめてもらったらもう…もったいなくて取れないよ…
結婚指輪だって、本当はそう思ってるのに。
「出かけるときのほうがよかったかな」
「ううん…ありがとう」
敦賀さんにも、たくさんの幸運がありますように。
春だけじゃなくて…いつの季節も、いつでも、あなたが幸せでいてくれることが、私の一番の望みであり、願い。

「おはよう…いつから起きてた?待たせてごめん」
「ふふ…おはよう」


2020/02/18 OUT
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