帰宅して君に触れると、まるで生き返ったような気がするんだ。
生き返る、というのは少し大げさだけど。
いや、ちょっと違うか…どういう風に言えばしっくりくるだろう。
…あぁ、そうだ。「息を吹き返す」と言ったほうが、より近いニュアンスになるかな。
外で拾ってきたいろんな「モノ」をぜんぶ脱ぎ捨てて、素の自分になれる。
君もそうなんじゃないかな、なんて自惚れたい。
そういう関係になれるように頑張ってきたし、本当にそう思ってくれていれば、嬉しいよ。
オフの日のほうがより、それを実感する。
だって…君はきっと俺が何者であってもそばにいてくれるだろう?
約束がなくても、一緒にいられる。
俺に肩書きが何もなくてもきっと。
そんなふうに都合のいい自己中心的な確信を、思う存分に錯覚できる。
仕事が何もない日、は、君のそばにいる権利を得られたただひとりの幸運な男でいることに努めれば良くて、
ここは世界中のどこよりも、それにふさわしい場所。
俺と彼女がコーンとキョーコちゃんだったころ、物事はとてもシンプルで、
一緒にいるための理由なんて何も必要なかった。
俺がコーンで、彼女がキョーコちゃんだったら、それだけで十分だった。
あえて隣にいる理由がいるとすれば、それだけで。
ディテールは違っても、今もこうしてあの頃と同じ理由でそばにいられることが、何よりの幸せなんだと思う。
「おはよう…起きた?」
目が覚めて少し、しばらくそんなことを考えながらうとうとまどろんでいたけど。
聞こえてきた柔らかな声…ゆっくり目を開けると、近くで微笑む彼女。
俺が目を開けたのに気づいて、カーテン開けるね、と言ってベッドから離れていく。
広がる窓から光が射し込んで、ベッドルームを明るく照らし出す。
あぁ…そろそろ起きないとな。
カーテンを開け終えてもう一度こちらへ来てくれた彼女を見つめて、手を伸ばす。
預けてくれた身体に手を回して、ゆっくりと抱きしめた。
つかまえた。
眠ってるあいだ、俺はどれくらい君の近くにいたのかな。
考えたところでわからないから、まず…こうやって確かめてみないとね。
「朝、で、すよ?」
「うん」
抱きしめたまま、おはよう、とつぶやいた。
朝ですよ、の意図は多分「朝からこんなことして…もう」ってとこだろう。
うん…朝だからだよ。
君におはようと言うだけなら、それこそこんなふうになる前からしてきた。言うだけなら、ね。
それと同時に抱きしめたり、キスをしてみたり…そういうのは、今のこの関係があるからこそ許される特権。
ささやかだけど特別な幸運だからこその特権で、俺はいつだってそれを実感したくてしょうがない。
「朝ごはん、食べられそう?」
「うん」
彼女を捕まえていた腕をゆるめて、少しだけ身体の間に隙間を作る。
俺を気遣うように彼女の口から出てきた言葉が、柔らかく空気に溶けていくのを見送りながら、
もう一度彼女の顔を見つめてみた。
頬に手を添えて、不思議そうに俺を見る彼女と、視線をゆっくり絡ませあう。
愛してるよ。
心に浮かぶと同時に、彼女にも聞こえるように唇から音を紡ぐ。
それを聞いた彼女が少しだけ驚いた表情のあと照れたように、わたしも、と呟いて
俺の手の上に自分のそれをそっと重ねた。
彼女の言葉と動作が俺の身体をゆっくりと侵食していく。
そこから少し遅れて、じわじわと心が満たされていくのがわかる。
もちろん、そばにいるだけでいつも満タンに近いんだけど…
そうだな、例えばバスタブからお湯があふれるみたいに、不意にこうして簡単に器のキャパシティを越えていくから困る。
とはいえ本当に困ってるわけではなくて、参ったな、というほうが近いか。
こういうときは、ハッピーだと思うより、幸せだ、と言うほうがふさわしいと思う。
日本語の持つ絶妙なニュアンスとか響きがもたらすイメージに合ってる気が、して。
だけど本当は…彼女への愛の言葉は、俺の中ではI Love
You、かな。
口にすればさらっと流れていくようなセンテンスだけれど、誰彼構わず言うようなものじゃあ、ない。
俺には…英語を日常的に使ってきた人間にとっては響きよりもずっと重い言葉だし、
言う相手も慎重に見極めなければいけない、そういう類のもの。
日本語の愛してる、も同じだろうな。
想いが同じくらいの熱量でいたい相手にしか使えないし、場合によっては冗談で使うときにもそれなりのリスクだってあるだろう。
だから、どちらの意味もちゃんとわかっていて、正しく伝わってほしい相手に正しく使えることが、
俺と君の関係のなかでの奇跡のひとつだと思う。
もちろん君には「愛してるよ」のほうがより、響くんだろうね。
俺は…君にI Love
Youと囁くことで、そんな君との深い関係性を再確認できて、もっともっと幸せになれるよ。
君が英語を理解できるのは、もちろん知ってる。
ネイティブじゃないからか、少しだけ堅い…あまりくだけた感じがしないのも今となってはご愛嬌で。
必死に勉強して取得したんだろうと思えば尊敬もできる。
俺にとっては…日本語がそうだからね。
成長する過程で使ってきた言語は違うけれど…自分の「言葉」で君と感情のやり取りをすること。
きっと異文化コミュニケーション、に近いんだろう。
でも、そんなのが気にならないくらい最大限、わかりあえてる。
と、俺は自負してるんだよ。
あぁ…ニホンゴ、ちゃんと覚えてよかったな。
そうでなければ、「キョーコちゃん」との思い出だって…なかったはずだ。
今こうしてふたりでいることもなかったかもしれない。
あのとき「キョーコちゃん」と、きちんとコミュニケーションが取れなければ、何も始まらなかったのだから。
父さん、本当にありがとう。
父さんの息子でよかった。
なんて。
見つめあい、触れて、口づける。
それと同じくらい、言葉のコミュニケーションも大切だ。
俺にとっては身体も言葉も、君と心を通わせるための大切なツールで、
それを使うことで、君への想いも、君が俺のことを想ってくれてることも
これ以上ないくらいにしっかりと確認することができる。
俺には本当に…君だけ、なんだよ。
言葉でも身体でも、持てるものすべてを使って全力で向き合いたい相手は、ただひとり。
君も、それを俺に許してくれて…ありがとう。
これからもずっと、君にとってのそういう存在でありたい。それに見合う努力ならいくらでもできるよ。
今日はもう、離れてあげないから。
プライベートな異文化コミュニケーションを駆使して、君と水入らずで過ごせる貴重なオフの日を堪能していたい。
とりあえずもう一度だけ、抱きしめさせてもらって、朝ごはんはそのあとちゃんと、一緒に食べよう。
ずっと一緒に…いられる。
I love
you…キョーコ…愛してるよ。
今日は君を一日ひとりじめできて、嬉しいな。
2020/01/21 OUT