かわいいダーリン -KYOKO

From -MARRIED

「なぁに?これ」

帰ってきた敦賀さんを迎えに玄関ホールへ出ると、ちょうど上着を脱いだところ。
その上着のポケットから、何かがひらりと落ちるのが見えたから、拾ってみたら。

「ん?」
「んー、んん?」

落ちていたのはキレイに折り畳まれた紙切れ。
何の気なしに開いて見ると、走り書きで書かれた文字に一瞬目が止まる。
…これはどこかで見たことがある女性の名前、に…見たことのない電話番号。

「あーごめん…残ってたか…」

私の持つ紙切れを覗きこんだ敦賀さんが、ふっと顔を曇らせる。
あぁ、これは…敦賀さんから連絡をもらいたいっていうアプローチのメモ書き、なのね。
この文字の主は某女優さん。
今ちょうど、敦賀さんと一緒にドラマを撮影してる人で、私とはまったく面識のない人。
そっか…なるほど。

「捨てるね」

メモ書きを眺めて密かに感心していると、敦賀さんがそう言って私の手からそのメモを取り、
近くのゴミ箱へ破り捨てた。
すごく細かく破いてるのが敦賀さんの心情を表してるようで、なんとなく複雑な気分。

「ごめんキョーコ、ほんとにごめん…」
「そんな…全然大丈夫よ?」
「うん、俺が凹んでる」

事務所でシュレッダーかけてきたのに、と呟いてから、私に向かって、抱きしめてもいい?と問う。
なんでそんなこと聞くのかな、と思う間に、私が返事をする前にぎゅっと包まれてた。
そうだそうだ、どちらかが帰ってきたら、何よりもまずお帰りなさいのハグ、だった。
今の出来事、ちょっとだけイレギュラーだったから順番すっとばしちゃった。
お帰りなさい。
今日もあなたが無事でよかった。
意外なおみやげつきなのも、スパイスみたいなものなのかな。
こうやって身体を限界まで近づけてるとき、生きてるなぁって思う。
あなたの体温が、そんな気持ちを連れてきてくれる。だからそんなに凹まないでね。

「ごめん」

しばらく抱き合ってから離れていく身体と同時に、怒ってる?と聞く敦賀さんの表情が、
何て言うのか…とんでもなく取り返しのつかないことを引き起こした悲劇の主人公みたいな様子だから、逆に可笑しくなってきた。

「最初から全然怒ってないですよ?もう…そんな顔しないで」
「ほんとに?」
「ほんとに」

よかった、と敦賀さんが微笑う。
なんで怒ってるなんて…思うんだろう。
あ、ヤキモチとか?
でも、今のこれには妬く気は起きなかったな。
それより、敦賀さんの必死な百面相が可愛くて…ニヤけちゃう。
私が見たら怒るかもって思ったのね。
そんなに怖いかな?私。

そもそもああいうときってどうすればいいのかな?怒ったりするほうがいいの?
でも、怒ってないんだからそんなこと、できないもの。
それよりも、感心しちゃった。
…結婚して少し経つのに、あんなメモをもらうんだ、って。
どっちに感心してるのかしら。
両方に、かな。
敦賀さんにも、お相手の方にも。
きっとこれ、この人が初めてじゃないし、もちろん独身だった頃は山ほどあっただろうけれど、
結婚したからといってそういうのが途切れてたわけでもないのね。考えてみれば当たり前か。
私、全然気づかなかった。
それはもちろん、敦賀さんが私に気づかせなかったってこと。
気づかなかっただけで、今も昔もやっぱりこの人は…

「相変わらずモテるんですね」
「そんなこと…」
「うふふ」

違うの。あなたがそれをどう思ってるかじゃなくて、
あなたがモテるのは当たり前なのよね、って、再確認したというか…。
でも、外でどれだけモテようが、あなたは私だけのダーリンなんですからね?

「ぎゅってしてもいい?」
「うん」

そう言ったら、うなずいた敦賀さんのほうから抱きしめてくれた。
…ダメだ、あまりそういうことは思わないようにしてるんだけど、
いま私、強烈な優越感を覚えてる。
よくないな…それが目的でこの人と一緒にいるわけじゃないんだもの。
誰かに自慢したくてそばにいるんじゃ、ない。から。

この人は…実はすごくヤキモチ妬きだったりとか、
スキンシップ大好きだったりとか、意外と甘えたさんだったりとか、
大人なようで子どもみたいなところがあったりとか。そういうところがある人。
あのメモを書いた彼女は…同じように行動を起こしたことのある人たちは、
この人のどこが好きなのかな。
カッコいいところ?
紳士的な振る舞い?
抱かれたい男ランキング、不動の一位だから?

うん。わかる。
ランキングはともかく、カッコいいところとか紳士的な振る舞いは、私も好きかも。
だけどこの人をつくるもの、は、それだけじゃない。
それは、ホンの一部でしかない。
挙げていけば数えきれないいろんな一部が集まったこの人の全部が、私には必要。
そうじゃないと、意味がないの。
カッコいいから好きとか、誠実で紳士的な態度がたまらないとか、そんなんじゃなくて…
それはみんな後からついてきたもので、誰でもないこの人でなきゃダメな理由がちゃんとあるから。
そして多分、この人も私に対して同じように思ってくれてるんじゃないかなって、うぬぼれていたい。
さっきの困った顔とか、焦った態度…メモをビリビリに破いてるところが、
それを私に教えてくれてるみたいだから。
言葉でも行動でも仕草でも…思い浮かべてみるとそういうところがたくさんあるから、
こういうときだって怒らない、のよ?

「…電話、しないよね?」

試しにそう振ってみる。もちろん、本気でそんなこと、思ってるわけじゃなくて。

「そんなの、するわけないよ…やっぱり怒ってるんだね…」

あぁ、やだ、顔がみるみるうちに、さっきの10倍くらい、どんよりしてきちゃった。
どうしよう、すっごくかわいい…!
ごめんなさい、すっごくイジワルな質問だったわよね。

「やだ、冗談です」

ただ、確かめてみたかったの。
何もかもみんな、私だけ、だよね?って。
実のところはやっぱりちょっとだけ、動揺したのもホントだし…
改めて…あなたの一番は私なんだよね?って。それだけのことなの。
それもちゃんとわかってることなの。
だから全然怒ってないからね?
ごめんね敦賀さん。
試したわけじゃないけれど、疑ったわけでもないんだけど…
なんていうのかな、困ってるのをもうちょっとだけ見てたかったと言うか。
言えば言うほどドツボにハマっていきそう…だから…はい。もうやめておこう。
大好きな人相手に悪趣味よね。

「ごめんなさい、ほんとに怒ってないからね」

少しだけ俯いてたほっぺたを両手でつつんで、それから額にキスをした。
落ち込んでる様子の敦賀さんがあまりにも可愛くて、きゅんきゅんする。
あぁんもう、ごめんなさい!
こんなこと考えてるなんて絶対秘密。
敦賀さんは至って真面目なんだもの。
唇を離して、彼の頭をぎゅっと抱きしめた。
ごめんね?機嫌直してね?
そう言い聞かせるように、胸元で収まる敦賀さんの頭をナデナデした。
ねぇねぇ信じられる?
敦賀さんは私の前ではときどき、とーってもかわいいダーリンになる。
こんな姿、誰にも見せられないでしょ。
私だけの特権。

今日はからかってごめんなさい、敦賀さん。
私のことを想ってそんなにも真剣になってくれて、とっても嬉しかった。
だから敦賀さんがしてくれるように、私の一番はあなたなの、って伝える努力は惜しまないように…したい。

「…敦賀さん」
「ん?」
「あのね…」

だーいすき…!


2019.03.14 OUT
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