敦賀さんがすごく世間とずれてるとは思わない。
確かに、出自はバリバリのお坊ちゃんと言えるかもしれないけれど、そのわりに派手なお金の使い方はしない。
まあ…車とか、きっと服とか…そうだ、服は専属契約してるブランドのものがほとんどで、
ある意味それは社割みたいなのかもしれないけれど、
かといって身に着けてるもの全てがみんな高級品ってわけでもないし。
私があげたもの、とかも使ってくれたりしてるし。
あ…でも、アクセサリー、には多分結構お金使ってるのかな、って。
自分で使うんじゃなくて、私にくれるもの。
ちょっと申し訳ないような気もするんだけど、嬉しくないかと聞かれたら、もちろん嬉しいに決まってる。
私、首もひとつしかないし、耳だって一組しかないし、手首もそうだし、
指は、左手薬指に特別な指輪があればそれでいいって、思ってる…んだけど、
でも、今までに敦賀さんからもらったものは…みんな私の大切な宝物。
彼の私への気持ちを形にしたみたいなもの、だから、
身に着けてると…ううん、眺めてるだけでも本当に嬉しい。
たくさんあるひとつひとつに、みんな大切な思い出が宿ってて、私の人生を彩ってくれてる。
私が知ってるのはそういう敦賀さんだけど、
一般的な物差しで測るなら、ハリウッド俳優とスーパーモデルを親に持つ、
彼自身もスーパースターといえる存在。
車は外車に乗ってて、ひとりで暮らしてた頃からすごーく広いマンション住まい。
いや、もう億ションよね。
でも…ね、「それ」があるから、じゃないって強く思うの。
ときどき妄想、してみる。
いつもは玄関を開けたら、あんなに広いエントランス…
そもそも、住居がワンフロアにひとつずつしかないような規模なんだけれど。
そうじゃなくて、ごく普通の広さの玄関に、靴が二足並んでるところ、とか。
玄関を過ぎると廊下の先にリビングダイニング。
コンパクトなカウンターキッチンがあって、室内にはダイニングテーブルのセットと、ソファ。ローテーブル。
リビングにはほどほど大きさのテレビが、これは壁掛けでもいいのかな。
そしていちばん奥にはマスターベッドルーム。
ダブル…クイーンサイズくらいのベッドを置いて、
もしかしたらお部屋が埋まってしまうかもしれないけれど…少しだけゆとりがあればいいかな。
だからやっぱり、今みたいにあんまり物を増やさないで、リラックスできるところにしておきたい。
そしてそこにはふたりで使うウォークインクローゼット。
きっと今よりはこじんまりしてるだろうけれど、収納力をめぐってケンカにならないかな…私と敦賀さんだもの、ならないよね。
もし足りなくなったら、その時考えればいいんだし。
ベッド、クイーンサイズなら今とそこまで変わらないから、
敦賀さんの身長だけ気を付けてれば、ふたりで眠っていても全然平気だと思うの。
いまだって…いつもふたりでくっついてるような状態だもの、ベッドの余白が少なくなることだけ、気を付けてればいい。
思わず落ちちゃったりとか、しないようにね。
そんな、平均的なファミリー向けのマンション、だってきっと十分。
ふたり一緒に過ごせる場所であることが何より大事なんだもの。
ドアが開くのに気づいて目線をそっちに向けると、敦賀さんが入ってくるのが見えた。
「ここにいたんだ、よかった」
探したよ、と言いながら敦賀さんが近づいてきた。
ここは…現在の住まいの、とーっても広い、マスターベッドルーム。
「ごめんなさい、気づかなくて」
おかえりなさいと言いながら、大きなキングサイズのベッドに寝転んでいた私が身体を起こそうとしたら、敦賀さんがそれを止めた。
同時にベッドへ倒れこむ。
広いからね…と呟きながら、敦賀さんが私の額に唇を落とす。
…そうよ、だから油断すると、あなたが帰って来たこともすぐにはわからないの。
うふふ、同じこと考えてたみたい。
敦賀さん…大好き。
本当に、出会えてよかった。
あなたを好きになったことが…いろんな感情を私に与えてくれた。
純粋に誰かを愛しいと思う気持ち。きっと無償の愛っていうのかな…?
それとは真逆の、強烈で時にコントロールが難しいくらいの独占欲も。
自分よりもずっと大切な存在であるひとと、同じ世界に一緒に生きていることの幸福感。
そんなふうに想えるただひとりの相手が、同じくらい私のことを好きになってくれて、
こうしてそばにいることができる、それだけで十分。
だから、あなたが何者でも、かまわない。
そう、思ってるの。
あなたの車の中にいるのが好きなのも、外車だから、じゃなくて、
ここで暮らすのが楽しいのも、億ションだからとか広くてゆとりがあるからとか、そういうことじゃない。
相手があなただから。
あなたがもし芸能人じゃなくても、どんな形で出会っていても、
こうして一緒にいられるようになれるならなんだってよかった。
「おかえりなさい」
「うん、ただいま」
敦賀さんの笑顔に、胸がざわめく。
近いせいもあるのか、あまりに神々しくてまぶしくて、思わず目を閉じると、唇が柔らかいものに触れた。
「ただいま」の言葉よりもしっかり、敦賀さんがちゃんと帰ってきてくれたことがわかるようで、嬉しいな。
敦賀さんもそう思ってキス、してくれてるかな。
おかえりなさい。
無事に帰ってきてくれてありがとう。
あなたが帰ってくるところが、私の居場所でもあるから…いまはもちろんこの広いマンションが一番大切な場所。
だけど、大切な日常を積み重ねていくための、私と敦賀さんにとってのかけがえのない場所であれば、
ワンルームだってなんだって、かまわないのよ?
あなたと一緒なら。
2019/09/10 OUT