戻っていく夜 -KYOKO

From -MARRIED

敦賀さんの車って不思議。
こんな風にどこかで落ち合って、助手席に乗り込んで、シートへ深く身体を預けると、
いつもの「ふたり」の空気に包まれていくのがよく、わかる。
車窓が流れていくのを見ながら敦賀さんと話してると、少しずつ本当の自分へ戻っていく、ような感覚にとらわれる。
仕事中の自分がフェイクっていうわけではないけれど…
敦賀さんと同じ場所にいて、同じ空気を吸って、すぐそこにある敦賀さんの体温を身体で感じ取る…
そんなひとつひとつのことが、化学反応を起こすみたいにゆっくりと私をあたためていく。
スイッチが切り替わって、プライベートモードが全開になるの。

夜は、戻っていく時間。
あなたのところへ。ふたりの生活へ。
何の肩書きもない、ただの「キョーコ」へ、戻っていく。
…あ、肩書きは、ひとつだけ。
大好きなひとの妻である私、ってとこかな。
敦賀さんと一緒にいられるときは、それだけあれば、もう十分。
あとは、私と敦賀さんで過ごすこと、だけで…十分。
嬉しいな。ここから今日が終わるまでの時間、短いけれど一緒にそれを共有することができる。
他の誰でもない敦賀さんと。
それがすごく幸せ。

ねぇ、敦賀さん。
おうちに着いたら、何しよう?
今日は少しだけ、長く起きていられるかなって思ってる。
軽めに食事をして後片付けをして、お風呂に入ったら私、もう眠るまでなにもしないであなたにくっついていたいな。
……え、っと…だからって、そういうことがしたいわけじゃないのよ?
あ、で、でも、べ、べつに、したくないわけでもないからね?
だって…普段はやっぱり触れる時間自体がそんなに多くないし、そのぶんこんな時にでもまとめてチャージしなくちゃ。
離れてる時間が長いと「戻っていく」のに少し時間がかかるかなあって。
…ただ触れていたいだけの言い訳なのかもしれないけど。
触れていたいし触れられていたい。
って、素直に思うようになった。
恥ずかしいっていうことよりも、そういう気持ちが強くなっていった。
せっかく一緒にいられるのに、それを無駄にしたくない、もの。



「大丈夫?」

車はいつの間にかマンションへ帰りついてた。
敦賀さんへの想いを…一言で言えば、大好きってだけなのに。
言葉を尽くして脳内でごちゃごちゃ考えてたら、敦賀さんが少しだけ心配そうに私に問いかけた。

「ずいぶん難しい顔、してたよ」

そんなふうに見えたんだ。
ううん、何でもない。大丈夫。

「ごめんなさい、大丈夫。帰ろ?」

…あなたのこと、どれくらい好きなのか考えてた。
明快な答えは出ないってわかっているのだけど。
好き過ぎて…気持ち、うまくまとまらないの。
そんな心の隙間をつくように、敦賀さんの顔が近づいてきた。
瞬間、触れて、離れていく。
我慢できなかった、と笑う。
ほら…また、好きになっちゃう。
ふたりきりになると、途端にあなたのことで頭のなかが埋め尽くされてしまう。
結婚したのにまだ、あなたに「恋」してるんだなぁって、自分に感心する。

車を降りて、手を取って一緒に歩き出す。
抱えきれなくてあふれていく気持ちが、繋いだ手から敦賀さんに届きますように。
私の中…もういっぱいなの。
だから、敦賀さんにあげる。

ねぇ敦賀さん。
ドアの内側…いつもの場所に戻ったらもう一度、キス、してもいい?
それはきっと、あなたのキョーコに戻るための最後の儀式、みたいなものなのかな、って思ってる。
キョーコに…そして「ふたり」に戻って、穏やかに1日を終えるための……大事な…儀式。


2019.05.06 OUT
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