夢の中 -REN

From -MARRIED

目を開けると、眠りについた時とさほど変わらない景色。
……また夜中に目が覚めてしまった。
いや、目が覚めて「しまった」、というのも変な言い方かな。
別に悪いことをしているわけではないし、さらにはこんな時間だからこそのイイコト、もある。
深夜のお楽しみ、と言ったところかな。
あぁ…そういう意味じゃ、ないよ。
もちろん。
ただ、見てるだけ。
隣に眠る、最愛の人を。
それは、ただ見てるだけ、なんて言うには贅沢すぎて、胸焼けしそうなくらいの幸福だ。

彼女が自分のすぐそばでぐっすりと眠る様子を見ているだけ。
なのに、不思議と満たされていく。
リラックスして…無防備に熟睡している、言ってしまえばそれだけのことなんだけど、
俺と彼女の関係が安定してることの確かな証明、になるから。
もちろん、未来を誓いあって一緒にいるわけで、安定もなにもといえばそうなんだけど…
なんだろう、ただ互いを想い合う純粋な気持ちが、俺と彼女を繋ぐ原点なんだということを改めて実感できるというか。

起こさないように見てるだけ、だったけど…なんだか物足りなくなってきた。
微かに声を漏らして寝返りを打つ様子、柔らかく微笑むようなその表情に、思わず鼓動が揺れ動く。
夢かな…何、見てる?
可愛いよな…ほんと。
こんなときだって気持ちをもて余すくらい、君に対して抱く想いが大きすぎて制御に困る。
毎日新しく好きになって、生まれた想いは積み重なって大きくなるばかりで。

ひとりずつだったころから、徐々に距離を詰めていっての、今。
もちろん、その時に比べたらいろんなことができるようになったけど、
そのどれも、俺の感情が発端になって一方的に行動に起こすことが許されてるものではないし、
そうであってはいけないと思うから…なおさら今は、見てるだけにしておかないと。
明日のための君の大切な時間、俺のささやかなワガママに付き合わせたら…申し訳ないよな。

次第に目が慣れてきて、より輪郭がはっきりしてくる。
ほのかにともる灯りのなかで、自分と彼女の呼吸する音が微かに響く。

よく眠ってる。
夢でも…見てたりする、のかな。
いつかの未来にはきっと、誰かの夢の中にだって行けるかもしれないけど
いまの技術では無理だし
そもそも夢だって立派なプライベート、だから、例え可能だとしてもしないけどね、俺は。
心の中は、その人だけのもの。
見られたら俺だってちょっと…恥ずかしいこともある、し。
だから代わりに、君の体温。
いわば君の欠片を少しだけ分けてもらってもういちど眠りにつけば、
もしかしたら、君が出てくる夢くらいなら、見ることができるかな。

キョーコ。
君がここで…俺の隣で穏やかに暮らしてくれていれば、俺は他には何もいらないよ。
…ああそうだ、君の中に少しだけ…俺だけの、専用の居場所は、欲しいかな。
ちゃんともらえてる、と、内心うぬぼれてもいるんだけれど。

夜明けまでもう少し。
こういう時間も好きなんだ。
贅沢だよな。眠ってる君からでも、いろんなものをもらえる。
あんなに焦がれていた君の心だって、ちゃんともらえてることがわかる。
眠る君の隣に、特別な理由がなくてもいられること、だけで…どれほどの幸せに囲まれてるのか、改めて思い知る、夜明け前。

「……どうしたの…?眠れない?」
ぼんやりと眺めていたはずだったのが、
気づくと彼女の目は開いていて、俺にそんなことをささやいている。
「あぁ、ごめん…いや、ちょっと目が覚めただけだよ」
「…もう少し…眠らないと…」
「うん…大丈夫だよ、おやすみキョーコ」
やっぱりこうなったか…起こしてごめん。でも、声が聞けて嬉しかった。
気にかけて…心配してくれてありがとう。
おやすみ、キョーコ。
いい夢を。
次に目を開けたときにも、きっと変わらず笑ってくれる君に…何ができるかな。
せめて余計な心配をさせないように、気を付けないと。
「ん」
「おやすみなさい」
心配そうな表情の彼女を、自戒を込めて見つめたその一瞬。
顔が近づいてきたかと思ったら、彼女の唇が微かに俺のそれに触れた。
サプライズ過ぎて一瞬固まったあと、考えるより先に彼女をぐっと抱き寄せていた。

愛してるから、「家族」だから…といって、君の心の中にまで土足で踏み込みたいとは思わない。
そんなことをしなくても、こんな風に隣で眠ったり、君からこうしてキス、してもらえたり。
繰り返す毎日の暮らしを、ふたりで綴っていける…それだけで。

そうだな…もし今、ひとつだけ叶うなら、君の夢の中に、ではなくて、
君が俺の夢の中に出てきてくれるように、祈ってみる。
そして、手をつないで眠ろう。
君からもらったその「感触」が、きっと大切な手がかりになるはず、だから。


2021/04/22 OUT
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