細部に宿る -KYOKO

From -MARRIED

背中に感じてる、静かなシーツの存在とは対照に、私に覆い被さる彼が柔らかく動く。
それに合わせてときどき踊る毛先が身体に落ちるたびに、
ささやかな感触が小さくさざなみをたてて、私をゆっくりと揺さぶる。
恥ずかしい、と、思いながらすこしずつ慣れてきたこの行為は、今のところ直接的には何も成さないのだけれど、
そのぶん精神的な結び付きを強くするためのものなのかな、なんて思ったりもする。
繋がるたびに、敦賀さんに対する気持ちが強くなる。身体に迎え入れるほう、だからなのかな…
するたびに、敦賀さんの消えない記憶が刻まれていくようで。

したい、とか、こんな風にされたい、と思うこと。
それ自体は、もしかしたらもともとある本能的な部分が呼び起こす感情なのかもしれない。
でも、実際に…抱かれていると、身体の気持ちよさよりも、
彼にそうされている、ということであふれる幸福感のほうが先に自分を支配していくのがよくわかる。
本当は、気持ちよさが突き抜けていく前の、ふわふわしている状態がいちばん好きかも。
正気を手放す少し前で、敦賀さんが私にしようとしてることの向こうに見える、彼の想いに触れていたい。
そんなときはまだ少しだけ、目を合わせる余裕もある。絡めた指の感覚も、いつもの香水と彼自身が纏う匂いがまざった空気を堪能する能力も。
あ、でも…敦賀さんが入ってきて、めいっぱい、めちゃくちゃになるのも…スキ、だけど…。

ここで感じるすべてのものが、この人を「つくっている」んだと思えば、愛しさがあふれて、きゅうっと胸が苦しくなる。
髪の毛も皮膚も目も言葉も吐息も…心と身体がぜんぶ揃って初めてこの人なんだな、って。
だから、こんなときでも、身体を繋げることだけがすべてではないことをいつも思い知る。
ふたりだけのベッドルーム…ここで私と敦賀さんとの間に起きることの100%が、セックスなんだって、思うの。
だって、身体の内側だけでなく、身体の外側に覚えるすべても、敦賀さんを感じ取るために必要な、ひとつひとつの大切なエレメントだから。
重なる肌から絶え間なく受け取る熱とか、上がっていく息の湿度とか。少しかすれた声とか…
私に触れるその指先のなめらかさとか。リネンの感触も、お部屋の空気も。

「いい、かな」
「ん」
ねぇ…どうしてこんなふうにできてるんだろう。
生殖機能がいちばん大事なら、そのために繋がること「だけ」をしてればいいはずなのに、そうなるまでにはちゃんと濃厚な準備が必要で。
そして、それを目的としないままでも、こうして何度もこの行為をすることができるって…どうして、なんだろう…。
私にわかるのは、こうして彼とくっついてることで得られる感情があまりにも多いっていうこと。
そのなかでもいちばん、なのは…幸せ、かな…ひっくるめれば愛、なのかな。

「…水、取ってくるよ」
「ん…」
会話らしい会話はそんなにしていないのに、身体と心が存分に満たされてる。
嵐のような時間の最後に残るのがとっておきのリラクゼーション効果だから…不思議よね。
離れていく身体を見送りながら、隣のシーツに、敦賀さんの記憶を探す。
少しシワになったシーツと、横で丸まってるブランケットと。
ランダムに置かれたクッションの間の枕にきちんと頭を乗せ直して、ブランケットにくるまりながら彼の戻りを待つこと少し。
いつものように冷えたペットボトルをひとつ、無造作に掴んだ敦賀さんが帰って来た。
「いつも思うんだけどね…置いといたほうがいいのかなって」
蓋を開けて、まず、起き上がった私にそれを手渡しながら敦賀さんがそんなことを言う。
…あぁ、お水のこと。
私もそう思ったりしたこともあるんだけど、きっと、あとで飲むなら少しでも冷たいほうが良いだろうって思ってるのかな、って考えてたの。
だって、いつも結構長い間抱きあってるから…って…我ながら言葉にするとすっごく、恥ずかしい…けど。
でも、そんなところにも敦賀さんの想いが見えてきて、満たされ過ぎた気持ちがあふれていってしまう。
「…痛いところ、ない?」
「ううん、大丈夫」
「そっか…良かった」
その次に、キスならいい?と敦賀さんが問う。
キスな、ら…?
あぁ…明日が早い私を気遣ってるんだ。さっき、始めるときにも最初に聞いてた。もしキョーコがよかったら、って。
いつもは終わったあと…こんなふうにお水を飲みながらもう一度、っていうこともあるから…キスはそのスイッチみたいなもの。
敦賀さんだけじゃなくて、私にも働くスイッチ。
今の言葉は、そうならないようにはするけど、キス…はしたいな、って…いう意味で。
…うん、大丈夫。
敦賀さん、もしほんとは…このまましたいって思ってるなら、もいっかい、しても大丈夫、だからね。
「ん」
「…ごめんね」
敦賀さんが謝るのと同時に、人差し指をその唇に押し当てる。
謝らないでね。
笑って見せて、私から敦賀さんにキスをした。ゆっくり、何度も。
「まだ、大丈夫だから」
「…うん」
私の言葉に、敦賀さんが小さく微笑む。今のは一応…お誘い、だったんだけど、わかってくれたかな。
確かに明日、いつもよりかなり早く出ていかなきゃいけないけど。
でも…敦賀さんが、もう一度したそうだなって、思ったから。
…私も、もう少し…くっついてたいなって、思ってたの、よ?

敦賀さんがどういう風に考えて、私としたいって思うかは、本当のところはわからない。
私に対して「想い」があるからだって受け止めてはいるけれど、性別が違うし、きっと私とは別物の思考回路があるんだろうなって思う。
でも、思考回路が別物でも、お互いにこの人としたい、っていうところにたどり着くなら、そんな気持ちが同じなら、いいなって。
相手を愛しく想う気持ちが同じで、そういう気持ちを抱いてふたりで繋がれるなら、それ以上のことって、ないよね。

私はね、敦賀さん。
さっきも思ってたみたいに、細部に宿るいろんな「あなた」を感じていたい。
この行為に隠れてる、普段はなかなか会えないあなたのカケラたちを、たくさん見つけたいって、思ってるの。
拾い集めてお守りにしたいくらいよ。
一瞬も逃したくない。
それはきっと、永遠に完成しないジグソーパズルみたいなもの、かな。
達成感はないかもしれないけど、新しいピースを見つけてハマる快感は何度でも得られる。
完成させたあとの寂寥感とも、もちろん無縁だもの。
だからこれからも、私の知らないあなたのカケラをたくさん、あなたのいちばん近くで、見つけさせてね。


2021/01/23 OUT
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