ちゃんと呼んで -KYOKO

From -MARRIED

「ただいま、キョーコちゃん」
キラキラと輝くのはその髪の毛だけじゃなくて…むしろ私に向けて微笑むその表情が何よりもいちばん、光を放ってる。
眩しさからなのか、照れなのか、とっさに言葉に詰まってしまった私を、
とびきりニコニコしながら慣れた動きでスマートにぎゅうっと抱きしめた。
お返しに、と私もぎゅっと抱きしめ返す。
たくさんのおかえりなさい、を込めて。
無事に帰ってきてくれて嬉しいな。

かつてのコーンには抱きしめられたことはなかったけど、頭をナデナデしてくれてた。
あのときみたいに泣いたりはもう、しない…と思うのだけど、
ふたりの関係がちゃんとバージョンアップしてることを教えてくれてるみたいで、嬉しい。

…抱きしめられる感触は、「敦賀さん」と変わらない。
だけど、この人の根っこはいつも「コーン」だったんだと、今になったらよくわかるの。
コーンとして生まれてコーンとして育ってきた。
そして…簡単に言葉にするにはあまりにも難しい道程を経て…いま、私の目の前でもちゃんとコーンでいてくれてる。
あ、コーン…久遠、よね。
うん。

「おかえりなさい」
「ん、ただいま」
短く言葉を交わしてから改めて見つめあうとなおさらまぶしくて、ほんとうは目を逸らしたくなる。
イヤなんじゃなくて、規格外な美しさが容赦なく降り注ぐことに、そのうち私の器が耐えきれなくなりそうなだけ。
あなたはちっとも悪くない。
…そういう意味では…罪作りなのかもしれないけれど。
あぁ、もしかしたら…そのことで不本意な思いをしたこともあったのかも、しれないな。
すべてを知ることはできないとわかっていて、
私の知らない頃のコーンを想うといつも、自己満足だと思いながらぎゅっと抱きしめたい衝動にかられてしまう。
過去に何があってもちゃんと、乗り越えてきてのいまがあるのにね。
この姿で私のそばにいてくれることが何よりの証拠、だもの。

無事、耐えたあとにやってくるのはキス。
私の頬を包み込んだ大きな手に導かれて、そっと唇を重ねる。
そのたびに思う。
コーンとこんな風にしてるのが不思議なの。
キョーコちゃん、と呼ぶ様子や、キラキラな笑顔は全然変わらないのに、ふたりでしてることは…だいぶ違う。
違わないことももちろん、あるけれど。
でもね、こんな風に大人になってからも…経過はどうあれふたりでいられて、
あなたに…大切なコーンに「キョーコちゃん」って呼んでもらえて、私も「コーン」って呼ぶことができて…幸せ。

会いたい、って思ってた。
だけど会ったあとのことはなんにも考えてなかった。
まさか再会したあとの私とコーンに、こんな未来があったなんて…思いもしなかった。
ね、コーンはどうだった?
キョーコちゃん、に会いたいって…思ってくれてた?
キョーコちゃんが私だって知って…その時には好きって気持ちはなくても、ちょっとは嬉しい気持ちが、あったかな…?
びっくりした?
キョーコちゃんのこと、すぐに…わかった?

「…コーン」
「ん?」
わかってはいたけれど、私の呼びかけにこの上なく柔らかく応えてくれたのを見てるだけで、自分のほうが溶けていきそう。
この短い一往復の会話の中に、私と彼のすべてが詰まってるみたいな気がして、続きの言葉が出ない。
出ないというか、その感触を確かめたくて……呼んでみただけなの、ごめんね。
照れ隠しに微笑んでみると、彼が楽しそうに私の髪に触れた。
でも、何度だってそう呼びたい。
ずっと近くにいたのに、私だけが知らなかったせいでちゃんと呼べなかった分。
本当はコーンじゃなくて久遠、なのに、ずっとそう呼ばせてくれてた、ふたりだけの秘密の名前で。
あのとき本当はキョーコって呼びたかったんだと教えてくれて、それでもキョーコちゃん、と優しく呼んでくれるあなたに。

あなたの唇から紡ぎだされた、世界でいちばん優しく響く「キョーコちゃん」が、どんなに私を満たしてくれるか、あなたにはわかる?
いろんな人が私をそう呼んだけれど、こんなにたくさんの気持ちをつれてきてくれるのはあなただけ。
そして…そんなふうに名前を呼ばれると、あのときの…コーンと一緒に過ごした宝物みたいにキラキラ輝く思い出を共有してるキョーコちゃん、は、
他ならない私だったんだって…改めて確認できるの。
ああ、私…「キョーコちゃん」で生まれてきて、ほんとうによかった…って。


2020/07/30 OUT
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