カットのかかる声が聞こえて、張り詰めていた空気が瞬時に緩む撮影スタジオ。
このシーンが終わったら昼休憩を取ると決まっていたせいか、
ざわざわとした雰囲気がとても明るいものに聞こえてくる。
自分では特に腹が減ったとは思わないけど、昼になればなったで
とりあえずひと息つくことが出来るから、それはそれで結構ありがたい。
ふと時計を見れば、12時半を回ったところだった。
ちょうど昼食の時間と昼休憩がうまい具合にかぶったわけか。
そういえば、と、今朝恋人に言われたことを思い出す。
「今日のお昼ご飯、お弁当でしょう?ちゃんと食べないとダメですよ?」
朝、別れる前にそう言った彼女がなんだかとても可愛くて、
結局毎回同じことを言われてるわけだけど、
そんなに俺は食事をしなさそうに見えるんだろうかとか、
まるで子供が叱られてるみたいだなとか、
でもまったく悪い気はしなくて、むしろそうやって怒られることが嬉しいというか、
彼女が聞いたらそれこそ怒りそうな気持ちがむくむくと湧いてくると言えば
本当に怒られそうな気がしたので、それは黙っておいた。
君と一緒なら「腹が減った」っていう気持ちもなんとなくわかるし、
君が作ってくれた食事を君と一緒に食べたいと思うけど、
ひとりなら…やっぱり未だに食事には無頓着になりがちだ。
それくらい、君の使う魔法の威力が絶大で、
俺をして食事をしようという気にさせてくれるんだよな…。
とかなんとか理由を付けてみたところで、
結局のところは君に逢いたいってことなんだけど。
今すぐに逢うのはとても無理だから、とりあえず声だけでも聞きたくて、携帯電話を取り出す。
約束してたことも、あるしね。
「蓮、お疲れさま」
「ああ、はい、お疲れさまです」
「弁当もらってきたけど」
「すみません、ちょっと。すぐ戻りますから先に食べててください」
キョーコちゃんだろ、と笑う社さんにそう一言断わって
ついでに、声が大きいです、と釘を刺してからスタジオの外へ出る。
人気のないところまで移動してから携帯電話を開くと、メールの着信に気付いた。
恋人からのそのメールには、画像が添付されている。
「きたきた…そうか、そっちのほうが早かったんだ…」
ボタンを押してメールを開くと、その画像が展開される。四角い写真。
中には、長方形の箱の中にご飯やおかずがきっちり並べられたものが写されていた。
そう。これは、俺の現場よりも一足先に昼休憩に入ったらしい彼女の今日の昼食。
恋人との今日の約束は、お互いに昼食の写真を送りあうこと。
…俺がちゃんと食事をするかどうか、というのが多分彼女の一番気になるところなんだろう。
言わなければきっとお弁当も貰わないんだから、と笑っていた。
そんなことはないよ?と反論してみたけど、貰ったって食べなかったら一緒なんですからね、と。
大丈夫、キョーコ。ちゃんと食べるから。写真も送るから。
何かポリシーがあって食べないわけじゃないんだ。あまり腹が減ったと思わないだけで。
食べないよりは食べたほうが身体にいいのはわかってることだし、
誰よりも心配してくれる君という存在ができてから、
俺もちょっとは変わったんだよ、というところを見せておきたい。
本当は電話をするつもりだったけど、もう少し後にすることにした。
彼女は俺と違って、誰かと一緒に食べてるだろうし
そんな時にいきなり電話したらきっとビックリするだろうから。
ちゃんと弁当を食べて…まあ食べたとしても半分くらいだけど、
とりあえず食べたということを言わないといけないし。
食べた後で、写真を送って、それから電話をしよう。
そうすればきっと信じてくれるし、彼女も安心するだろう。
「お帰り。少しは食べないと、怒られるぞ?」
「わかってます。食べますよ」
「半分じゃダメ、全部食べなさい」
戻った楽屋の中、社さんにそう諭されながら席について弁当のフタを開けた。
彼女のとよく似てて、でも少し違う弁当。
あんな約束をしただけで、彼女から送られてきたメールを見ただけで
一緒に食べている気になるから不思議だ。
大人しく弁当を食べ始めた俺を見る社さんの不自然なニヤニヤにも、
すごく寛容な気分になれる。
だから、キョーコ。今日も、褒めてくれる?
2007/10/02 OUT