敦賀さんにきちんと食事をしてもらうのが、私の義務みたいな感じになってきつつある。
もちろん、誰にとっても食事は生きていくためには大切な行為だし、
私にとって敦賀さんは自分よりも大切な人だから、なおさら放ってはおけない。
敦賀さんはもともと食欲が希薄な性質で、自分ひとりなら食事をしようとも思わないの。
こんな関係になる前から、そのことはずっと気になってたし、今となっては自分のこと以上に心配。
一緒に食事をしている時は、いいの。
私に付き合って…かもしれないし、怒る私に渋々、かもしれないけれど、
それでもちゃんと食べてくれるし、それを見ていることもできるから。
問題は、そうじゃない時。
一緒じゃない時のほうが圧倒的に多いから、敦賀さんの食事事情を見届けるにも限界がある。
私が、ちゃんと食べないとダメですからね、なんて言ったところで
本当に食べてくれてるかはわからないんだけど、ね。
そういうわけで、今日はひとつ提案をしてみたの。
ロケでお昼ご飯はお弁当だから、お弁当の写真を交換しましょう、って。
食べなきゃダメですよ?っていう一言も忘れずに。
監視してるみたいでちょっと嫌かな、と思ったけど、敦賀さんが楽しそうにOKしてくれたから良しとしよう。
言わなかったらお弁当も貰わないんだから…と言ったら、そんなことないよ、と否定してたけど、どうかしら。
まあ、お弁当は社さんが絶対に貰ってくるから、それはないんだけど、
でも食べなきゃ、貰わないのと変わらないもん。
それに、お昼休憩が同じくらいなら、ちょっとだけでもお話できるかな、っていう下心もあったりするの。
少しの間だけでも、電話を通して繋がっていたい。
いつでもかけていいんだけど、敦賀さんもそうやって言ってくれてるんだけど、
なんとなくタイミングを逃しちゃうことが多い。
毎回お昼休憩がきっかり12時からになるわけじゃないし、なんとなく、ね。
「はい、京子ちゃんお弁当どうぞ」
「あ、ありがとうございますっ」
休憩に入って少しぼーっとしていたら、スタッフさんがお弁当を手渡してくれた。
ちょうどお腹もすいてたし、休憩にも限りがあるんだし、早く食べてもう少しセリフ、入れとかないと。
そうそう、食べる前に敦賀さんに写真を撮って送らなきゃ。
お天気が良いから、今日は外で食べようかな。
そう思いながらスタジオのドアを開けると、共演している女優さんに一緒に食べようと声をかけられた。
一瞬敦賀さんから電話がかかってくるかもしれないと思ったけど、多分大丈夫。
私が先にお弁当の写真を送れば、
敦賀さんはきっと食べた後のお弁当(正確には残骸だけど)の写真を送ってくるはず。
電話がかかってきたら、敦賀さんの名前は出さないで、席を外させてもらえばいいよね。
うん。
「どうしたの?食べたものの記録でもしてる?」
「そ、そうなんですっ、体調管理も兼ねて」
「そうよね~、こういうお弁当ってカロリー高いから、身体にはあんまり良くないかも」
フタを開けてすぐに携帯電話を取り出して写真を撮り始めたから、ちょっと不審に思われちゃったかも。
だけど彼女の言うように、現場で出るお弁当って揚げ物主体のものが多いから、
確かにあんまり良いとは言えないかな。
そういえば、お弁当を作って持ってきてる人も、いたっけ…。
あ、今度私もお弁当、作ってみようかな?
敦賀さんの分も作って同じお弁当を食べたら、一緒にいる気分がもっと出るかもしれない。
何だか、楽しいな。
「揚げ物が多いけど、結構美味しい。ここのお弁当ってわりと好きなんだよね、私」
「あ、ほんとだ。冷めてても美味しいですね」
メールに写真を添付して送信、それから改めてお弁当をパクついた。
さっきまでの撮影のことや、共演している他の人のことなんかを話しながら陽だまりの下。
話題にちょっとだけ敦賀さんのことが出てきてヒヤッとしたけれど、役者としての話に留まって一安心した。
いや、あの、べ、別にいいのよ?
誰が敦賀さんのことを好きになったって止めることはできないんだからいいんだけれど、
それを私に話されても、どうやって答えていいかわからない。きっとまだ修行が足りないのね。
「ふう、ごちそうさま、っと。ごめん京子ちゃん、私ちょっと監督のところに行ってくるね。またあとで」
「は~い」
そう言って駆けていくのを見送りながら、私もようやく食べ終わる。
うん、おいしかった。午後の撮影もがんばらなきゃね。
…敦賀さんは、いつが休憩なのかしら。
関係なく電話しても、留守電にメッセージを入れておけば
後からちゃんと連絡をくれるんだけどちょっと、気が引けちゃうんだよね…。
「ん」
念のためと思ってそばに置いていた携帯が震えだした。
敦賀さんだ。
画面も確かめないで通話ボタンを押す。
「はいっ」
『もしもし、キョーコ?今、いい?』
「大丈夫です。今お昼ですか?」
『うん、ちゃんと食べたよ。後で写真送る』
敦賀さんの声がなんとなく弾んでる。
ちょっと声を聞いただけで、私もすごく嬉しい。
お弁当もちゃんと食べてくれたんだ、良かった。
「どんなお弁当でした?」
『似たような感じだよ』
「あのね、敦賀さん」
『ん?』
今度お弁当作ってもいいですか、と聞いてみたら、
もちろんいいよ、楽しみだって言ってくれた。
それからまるでそばにいるみたいに2人でくすくすと笑い合う。
どういう流れからそんなことになったのかは、今日の夜逢ってから話そう。
夜はちゃんと私が作るから、それも全部食べてね、敦賀さん。
2008/12/24 OUT