ドアを開けると、彼女が微笑みながら立っていた。
鍵を渡しているのに、いつもはチャイムを鳴らした後にドアを開けて入ってくるのに。
「えへへ、こんばんは」
「いらっしゃい」
彼女の笑顔を見て、その疑問に1つの答えを見出す。
もしかしたら俺にドアを開けて欲しかったんじゃないかなんて、自分勝手な、答え。
下げている買い物袋を代わりに持とうとした時に触れる指先。
ずっと室内にいた自分のそれよりずいぶん冷たい。
キスをしようと思ったけれどそれは後にしておいて、彼女の両手をぎゅっと掴んだ。
「寒かっただろう?だいぶ冷えてる」
「冬ですから」
呼べばいいのに。呼べばどこへだって迎えに行くのに。
そう言いかけて口をつぐむ。
これはきっと彼女なりの思いやりなんだ。
「敦賀さんの手…あったかいですね」
うん。君をこうしてあたためてあげられるように、あったかくしておいたんだ。
そう言う代わりに額にキスをした。
「遅くなっちゃってごめんなさい、すぐご飯用意しますね」
彼女にひっぱられるようにしてリビングへ戻り、
ソファに座るよう促されて座ると、彼女が楽しそうに食事の準備を始めた。
時刻は夜9時過ぎ。
こうやって彼女が食事の準備をしてくれるのは久しぶりのことなんだけど、
あまりにいつもと変わらないものだから、
昨日も一昨日もこうして逢っていたような気さえしてくる。
逢えない間にできてしまった隙間を彼女はとても自然に埋めていってくれるんだ。
だからかな。久しぶりなのにそうじゃないような、とても不思議な感覚だ。
いや、不思議な感覚なら…この部屋で彼女と逢う時にはいつも感じている。
この部屋に2人でいると、
自分と彼女が外で逢うことを半ば禁じられたような関係であることを忘れてしまう。
誰かに直接的に禁じられているわけではないけれど、守らなくてはならない掟のようなもの。
その全てから開放されるこの部屋でだけは、ちゃんとした「恋人同士」でいられる。
日頃は周囲に対して不自然にフタをしている自分の彼女への想いが、
この部屋で彼女と過ごすことによって息を吹き返す、そんな気が、する。
「お待たせしましたっ」
2人分の食事を並べ終わり、いつものように2人で食べ始める。
彼女の肩越しに見える景色は、暗い中浮かぶ無数の星屑。灯りと、星と。
一晩共に過ごした次の朝や、本当にわずかな確率で昼間から逢える時を除くと
俺と彼女の時間の大半はこんな風にすっかり暗くなってしまった、夜。
本当は昼間にも大手を振って逢えたらどんなにいいかと思ったときもある。
夜が隠してくれないと逢えない関係は…やっぱり不便なことも多い。
だけど、今はこうも思えるんだ。
夜じゃないと逢えないのが不満だと思うよりずっと、
夜にこうして逢うことができることがただ嬉しくて幸せなんだと。
君だけいてくれればいい。夜だろうと朝だろうと昼だろうといつでもいい。
少しでも、近くにいられれば、それで。
食事を続ける彼女を見つめた。
こうしていると、本当は人目を忍んで逢っているだなんてとても思えないよ。
普通の恋人のように、普段の生活でお互いを縛る何もかもから抜け出して、2人きり。
それがとても嬉しくてホッとする。夜はそんな俺達を無言で包み込んでいく。
逢う時間が夜に偏るのは仕方がない。
そんな関係を全部含めて、俺と彼女なんだから。
だったら、こうして精一杯楽しめばいい。
「敦賀さん、おかわりまだありますよ?」
「うん…じゃあ、少しだけ、もらおうかな」
嬉しそうに笑う彼女に、心が満たされていく。
俺と彼女に許される夜の時間は、恋人であることを改めて感じることのできる贅沢で幸せな、時間。
2007/01/31 OUT