敦賀さんのお部屋に泊まった夜。
いつもみたいに…えっと…なんというかその…セ、セックスして、
身体に残る熱が冷め切らないうちにふたりで眠る、っていうのが敦賀さんと過ごす夜のほとんどの過ごし方。
ふと目が覚めたら、目の前にいる敦賀さんはぐっすりと眠ってて、静かな寝息がとっても可愛くて、
耳を身体に押し当ててみるとトクン…トクン…って穏やかな鼓動が響いてきて、
それだけでもう、何もいらないっていうくらいの幸せが胸を満たす。
そのまま敦賀さんを見つめているうちに、薄暗い闇に目が慣れてきたら
何だか眠るタイミングを失ってしまって、ついでに明日の撮影のことを思い出してしまった。
ベッドの中で自分のセリフを反芻してみると、きちんと覚えたはずなのにとんでもなく不安になってきて
いたたまれなくなった私は、こっそりとベッドを抜け出す。
ちょっとチェックしておこう。
なんて思って台本を手に、小さな声を出しても眠っている敦賀さんの邪魔にならないような場所。
そう考えて…私がやってきたのは、キッチン。
冷蔵庫を背もたれにして床に座り、台本を開いてページをめくった。
「えっと…ああ、そう、ここからちょっとだけ、あいまいなのよね…」
なんて、プロにはあるまじきことよね。
ここは少しセリフが長めで、それからドラマ全体としてはちょっと難しい内容、
というか専門職の人のお話のためなのか専門用語がよく出てくる。
下調べは十分したつもりだけど、初見の時から不安だったセリフの分量に押されて、
ちょっぴり苦手意識、あったのかもしれないな。
そんなことを思いつつ、ぼそぼそとセリフを喋ってみる。
目で見て、実際に声に出して、それからその声を耳で聞いて。
あとは頭の中に、自分なりのイメージを浮かべる。
喋りかけている相手の人の、セリフのトーン、速さ。周りの景色、温度、音。
間を考えながら、役柄に自分を溶け込ませて、自然に…
「あー…やっぱり緊張するなぁ…このシーン、明日初めてだもの…」
セリフが長いのに加えて、メインで喋る人が大御所俳優さんだし…気難しそうだし。
こういうの、敦賀さんならどうするのかしら。
そういえば、相変わらずセリフを覚えたりしてるところをあまり見ない。
私と一緒じゃない時に覚えているのよね、きっと。
私も普段なら、敦賀さんのお部屋でこうやって本格的にセリフの練習なんかしない。
「どうしたの?もしかして練習してる?」
「わああっ、ご、ごめんなさいっ、うるさかったですか?」
「いや、大丈夫。居ないから、どうしたのかと思って…」
台本から目を離して上を向くと、さっきまで誰もいなかったはずのそこに敦賀さんが立っていた。
驚いて、ほんとーーーーに、ビックリしてうっかり叫び声をあげてしまった私に
敦賀さんは微笑みながら近づいてきて、私の隣に腰を下ろした。
「ごめんなさい…」
「なんで謝るの」
台本を覗き込まれていたたまれなくなった私が謝ると、敦賀さんがクスクス笑う。
なんだか恥ずかしいなあ…こんなの見られたのって、実は結構初めてだったり…
なるべく、仕事で落ち込んでたりテンパってたり、みたいな姿は見せないようにしてるんだけど、
今日はさすがになんというか…。
「…ちょっとね、セリフ長くて考え出したら不安になっちゃって、それで練習…」
「そうか…俺でよかったら読み、付き合うけど、やってみる?」
「え…?」
いいの?
そう目で訴えた私に、敦賀さんがキスをした。
「っ…」
「せめて君がここにいる時くらいは、ふたりで過ごしたいな、って」
あっけに取られている私をよそに、敦賀さんが私の身体に腕を回して
いつの間にか敦賀さんに後ろから抱っこされてる形になる。
こうすれば台本をふたりで見ることもできるし、と呟いたその声は、
ウキウキした空気を一緒に連れて私の耳に届いてきた。
…先輩である敦賀さんと練習できるなんて嬉しい、と言うべきなのか
でも私はもう、心臓がバクバクしちゃってそれどころじゃないというか…
「帰ったのかと思って、びっくりしたんだよ…」
だけど敦賀さんの言葉にドキっとする。
そう…そうよね。
私だって、ふたりで眠っていたはずの夜中に目を覚まして、
しばらく待っても敦賀さんが戻ってこなかったら、きっと寂しくて探し回るもの。
「ご、ごめんなさいっ…」
「いてくれたから、大丈夫」
敦賀さんの声が耳元で静かに響く。
なんだかもう、この人には私、甘えてばっかりだ…。
本当は敦賀さんに頼ってもらえるくらいになりたいのに。
それと同時に、敦賀さんのこと、本当に好きなんだ、って、思う。
ごめんなさい…心配、したよね?
ちょっとだけ、あなたの言うように練習して、それからもう一度ふたりで眠りましょう?
大丈夫、あなたが相手をしてくれるんだもの…大丈夫。
「また、同じドラマに出られたら、いいのに、ね」
そうしたらこうやって2人で台本読みできるのに、と優しい声が続ける。
そうですね、と言いかけて思わず口をつぐむ。
無理、無理よ…全然関係のないドラマのセリフを敦賀さんとふたりで練習するってだけで
実は結構心臓がドキドキしちゃうのに。
でも、それもまた、「こう」なる前の共演の時とは違う景色が見えてきていいのかもしれない…
ただし、私の心臓が持てば、の話だけれど…。
だってほら、そんなことを考えただけで顔から火が出てきそうな感じだし…。
敦賀さんがそれでも全然平気だったとしたら…やっぱり敦賀さんには、敵わない。
2007/07/02 OUT