最後の恋人 -REN

From -PatiPati's Thanks TEXTS -SERIES*SEASONS OF LOVE2 LOVERS

「今度来る時には、もう『恋人』じゃなくなってるかな」

少し先を歩く彼女がそう言って少し笑った。
暗いせいで詳しい表情まではわからないけれど、多分いつも通りの笑顔なんだろう。
明るく晴れやかな声が、そんな様子を伝えてくれる。
仕事を終えてから互いの都合を合わせたり、
めったにないふたり一緒のオフの時にこうしてここに来るのも、もう何度目になるんだろう。
大勢の人に囲まれていながら、自分にとって一番大切な『恋人』との関係を
秘密にしなくてはならないことは、自分が考えるよりもストレスだったらしい。
そんな時にふたりでここへ来れば、どこにでもいるただの恋人同士になれる気がしてとても好きだった。

いつもはほとんど人気もなくて、名前こそ大きな声では呼べないけれど
手を繋いだり抱きしめあったり、そんな恋人同士なら普通の事が気負いなく自然にできるこの場所は、
少なくとも俺にとってはすごく重要な場所だ。
ふたりきり、互いの関係やそれぞれが抱えている想い…そんなものとも静かに向き合える。

「寂しい?」

距離を詰めて、その手を握る。
そんなことはないと知っていながら、ちょっとした悪戯心から彼女にそう問うと、
近くなったせいではっきりとわかるその表情が柔らかく崩れた。
『恋人』としてのふたりが、消えてなくなるわけじゃない。
プラスして新しい関係が生まれるんだと思えば、すごく得した気になるだろう?

「ううん…まあ、ちょっとだけ、プレッシャーはありますけど、ね」
「プレッシャー?」
「ふふ、敦賀さんにはきっとわからないです」
「そんなこと、ないよ…」

そんなこと、ないよ…キョーコ。
俺も多分、同じこと、考えてる。
だけど、どんな形であれ、ひとりの人間としての己の幸せを願うとするなら、
君とこうなることは運命だったんだと信じてるから、みんな祝福してくれるんじゃないかな。
そう、思う。
本当に…俺には、君しかいないんだよ。

「ぎゅってしても、いい?」

しばらく手をつなぎながら波打ち際を歩いていたら、隣の彼女がそんな風に呟いた。
許可なんて取らなくていいのに…と思いながら抱きしめようとしたら
一瞬早く彼女が俺の身体に飛び込んできた。
自分以外の体温があたたかくて、それが彼女のものだということがとても幸せで、
それ、を許されていることがどうしようもなく嬉しくて、強く腕に力を込めた。

もう少ししたら、『恋人』だけの関係ではなくなるように、
これからも君と俺の間の関係が少しずつ変わっていくのだろうけど、
変わらないことがあるとすれば、それはただ君を愛しているということだと、自信を持って言える。
君を好きでいることで、いろいろな欲が顔を覗かせる。
ふたりの時間をなかなか持てないことにイラついたりも、してきた。
隔たれた距離にワガママを言ってみたこともある。
自分の中に、知らない感情が次々とあふれてきて、戸惑ったりもした。
そんな時でも君という存在を想うだけで、マイナスの感情は吹き飛んでしまう。
君がいてくれれば、それだけでいい。
極論として、君がこの地球上のどこかで笑っていてくれたら、それだけでいいんだ。

だけど俺はやっぱりそれだけじゃ満足できないから、できるだけそばにいて欲しい。
そして例え君がどこか遠くに行ってしまったとしても、いつか帰ってくるところは、俺の隣であって欲しい。

君の笑顔を守ること。
君がいつまでも幸せに暮らしていけるような環境を作ること。
君に寂しい思いをさせないこと。
それが、俺に課せられた使命だと思ってる。
使命なんて言うと、まるで義務のような印象だけれど、
そうすることで俺も幸せになれるはずだから、義務だというのとはまったく違う。
むしろ、いつまでもそばにいさせて欲しいと頼み込んだくらい、だ。
君のそばでそうやって生きていくと、神様の前に、君自身に誓う。

…心から愛しているよ、キョーコ。俺を選んでくれて…本当にありがとう。

「敦賀さん」
「ん?」
「今度は、もっと大きな声で名前、呼んでもいいよね?」

もちろん。
次に来る時には俺も、大きな声で君の名前を呼ぶよ。
こんな暗い夜なんかじゃない、眩しい陽射しの降り注ぐ中で。



2007/12/02 OUT
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