敦賀さんにお願いして、久しぶりに海へ連れて来てもらった。
この海はふたりでときどき来るところ。
昼間はもっと人がいるんだろうけれど、夜になるとほとんど誰もいない。
だから、敦賀さんとふたりきりで逢うのにちょうどいい、かな。
普段は私と敦賀さんが恋人だってことを知られちゃいけないから
そのことについてだけはひっそりと息をひそめて秘密を守ってるんだけど、ここに来るとどうしてかな…
そういうものからみーんな解放されて、デートに来た普通の恋人同士になれる感じがするの。
もちろん私と敦賀さんだって本当は普通の恋人同士なのにね。
お仕事してる世界の事情があるだけで。
車を降りて砂浜を歩く。
少し歩いてから波打ち際に向かって駆け出すと、敦賀さんは少し遅れて私を追いかけるようにして歩いてる。
素足に砂が気持ちいい。
空気が柔らかな季節は外でも過ごしやすくて、海から吹いてくる風が私と敦賀さんの間をふわりと抜けていく。
「今度来る時には、もう『恋人』じゃなくなってるかな」
この海で敦賀さんと過ごした時間が頭をぐるぐるとまわる。
初めて来た時には、ふたりでもこんなところに来れるんだっていう嬉しさと
敦賀さんとデートしてるっていうドキドキで、心臓がすっごく忙しかった。
実際には1時間もいないのに、そんなにたくさん言葉を交わすわけじゃないのに
ここでは敦賀さんといろんなことをお話した気がする。
ふたりだけで逢って、そのたびに言葉を…想いを交わして、
敦賀さんがくれる優しい言葉に包まれて少しずつ変わっていけた。
その場所がここだったことも何回もある。
私と敦賀さんにとっては本当に、想い出の、場所。
「寂しい?」
私の言葉を聞いて、敦賀さんがそんな風に口を開きながら近づいてきた。
手を繋ぐ。
寂しいなんて…どっちかっていうとその正反対、かな。
そんな風に聞こえたのかしら。
今度来る時に、私と敦賀さんが恋人同士じゃなくなってても、寂しいなんてちっとも思わない。
恋人同士じゃなくなるんじゃなくて、新しい関係が生まれるの。
それに、気持ちは多分いつまでも恋人、かな。なんて。
だって私きっと、この先もずーっと、あなたのことを想うとドキドキしちゃうだろうから。
ドキドキと、安心と。
一見したら全然違うところにあるようなもの。
でも敦賀さんといたらそのどっちもが、私の心にやってくる。
みーんな混ざりあって、あなたへの気持ち、になるの。
「ううん…まあ、ちょっとだけ、プレッシャーはありますけど、ね」
「プレッシャー?」
素直に思ったことを言うと、敦賀さんは少し意外そうにそう私に尋ねる。
やだ、気付いてないのかしら。
あなたと…『敦賀蓮』とそういうことになるって、私にしてみたらすごいプレッシャーなのに。
うん、でも、すごいプレッシャーだとしても、もう迷わない。
迷わないというか、今までもずっと2人でいたんだから、迷いようがないことは事実。
敦賀さんの相手が私で本当にいいのかな、とか、実は今でもチラッと思ったりする。
だけど、何よりも私が、敦賀さんといつまでもずっと一緒にいたい、そう願うようになっちゃったから。
…心から、願えるようになったから。
贅沢な望みだったとしても、絶対に叶えたい。そう思えるから。
「ふふ、敦賀さんにはきっとわからないです」
「そんなこと、ないよ…」
そう言って笑う敦賀さんの顔はきっと、どこまでも優しい笑顔。
いいの。
そんな気持ちを完全に理解して欲しいなんて思わない。
私は私の問題を、敦賀さんは敦賀さんの問題を乗り越えて…
そしてその上でふたり一緒にいることを選んだんだもの。
求められることが多くなっていくのはわかってるし、私、ちゃんとがんばれる。
だからプレッシャーがすごくても、何を言われても大丈夫。
だって、世界で一番大好きで大切な人のそばに、いられる。
それ以上の幸せって、ないよね?
「ぎゅってしても、いい?」
手を繋いだまま並んで歩いている間、そんなことを考えていたら
無性に敦賀さんに抱きしめてもらいたくなった。
答えを待たないでその腕の中に飛び込む。
すぐに抱きしめてもらえて、幸せな気持ちで目を閉じた。
ふたり一緒に過ごした時間の中で、お互いに少しずつわかりあってきた。
好きになって、もっともっと好きになって、敦賀さんがこの世の中に存在してる、
それだけで涙が出そうになるくらい嬉しくて、ああ…これが愛っていうのかなって思ったりもした。
そんな人と一緒に次のステップに上っていける。
もちろん、今までとは違う新しいことがいろいろやってくるはず。
その中で、ふたりで乗り越えなきゃならないこともきっといっぱいあるはず。
でも、大丈夫。
だって…ひとりじゃない。「ふたり」なんだもの。
そんな風に思える相手が、他の誰でもない敦賀さんであることが、何よりも嬉しい。
あなたのこと、今まで以上にがんばって守っていくからね。
ずっと一緒に…いてね。
そうだ…『恋人』じゃなくなって最初にここにきたら…やってみたいことが、あるの。
敦賀さん、なんて言うかな。きっと、笑ってOKしてくれる、よね。
その日が待ち遠しいな、ねえ、敦賀さん。
「敦賀さん」
「ん?」
「今度は、もっと大きな声で名前、呼んでもいいよね?」
そして、私の名前も呼んでね。
おひさまが見てる前で、いつものように優しく、呼んでね…
2008/01/31
OUT