まだ夜が明けきらなくて薄暗い中を、彼女の部屋へと急ぐ。
めずらしく、俺の部屋ではないところでの逢い引き。
どちらが見つかりにくいのかというのは、なんとも言えないけれど、
慣れているから、という理由と、車を停めておける場所なんかの事情もあって
2人で逢えた時に過ごすのは俺の部屋のことが多い。
だけど彼女がひとり暮らしを始めてからは、時々こうしてお邪魔するようになった。
そして、ふたりでいられれば場所はどこだろうと構わないと思っていたその考えが、
見事にひっくりかえることになる。
いや、本心を言えば彼女とゆっくり、ふたりきりで過ごせればそれでいいのだけど、
最初に彼女の部屋を訪れた時に…すごく感激したんだ。
引っ越してあまり時間が経っていなかった頃なのに、彼女の纏う柔らかい空気が
部屋全体に満ちていて、自分の部屋とは全然違うそんな雰囲気に少しドキドキしたりもして、
それから、またひとつ彼女に近づけたことを、本当に嬉しく思った。
もしかして、彼女も俺の部屋に来る時に、こんな気持ちになるんだろうかと。
疲れていても、彼女に逢えればそんなものはすぐに吹き飛んでしまう。
それが彼女の部屋だったら、効果が倍になるような気がした。
もちろん、自分の部屋で、いろいろなことをやってくれる彼女を見ているのも
本当に嬉しくて、楽しいんだけどね。
*
見つからないように、と気を配る彼女の為にも最善の注意を払って
その部屋のドアまでたどり着いた。
まあ…彼女は車を持っているわけではないから、
その点から言うと、俺の部屋の方が少しは見つかりにくかったりするのかもしれないけれど、
俺は、バレたらバレた時だと思ってる。
フリーだと思われて、彼女が妙な男にちょっかい出されても困るし。
むしろ早く世間に公表したい方なんだけど…そういうと彼女にひどく怒られてしまう。
でも、本当に…世界中に言って回りたいよ。君は俺のものなんだって、大声で。
そんな日がくることを楽しみにしながら、とりあえず今は、慎重に行動するしかないのだけど。
合鍵で施錠を解いて、中にそっと入る。
女の子の部屋特有の甘い香り、それも彼女がいつも好んで纏う香水の香りが静かにふんわりと俺を迎えてくれた。
夜と朝の境界がちょうど交わる時間なこともあって、電気をつけなくても簡単にベッドルームへたどり着く。
こじんまりとした2DK。
俺の部屋とはずいぶん違うけれど、彼女がすっきりと暮らしていることもあって特に狭さは感じない。
むしろ、いつも彼女の気配を感じていられそうだから、
もし一緒に暮らすとしたら、これくらいの広さのほうがいいのかもしれないな。
そのベッドルームの扉を開くと、奥の方にベッドの上で布団に包まる彼女を見つけることができた。
「おはよう、キョーコ…遅くなってごめんね…」
ひとりで眠ることが多いだろうということで、
彼女が自分の部屋の為に選んだのはセミダブルのベッド。
その端にそっと腰を下ろしてみる。
やっぱり俺の部屋にあるものとはだいぶ規模が違うけど、
もしかしたらこれくらいの方が、いつも彼女とぴったりくっついていられていいのかも。
…疲れているんだろうか。
それとも、久しぶりにこの部屋に来ることができて気分が高揚しているからなのか、
さっきから自分の頭の中で、俺の希望がたくさん詰まった妄想ばかりが繰り広げられていることに苦笑した。
起こさないように声をかけて、髪を指ですいてみる。
くすぐったさに、起きてしまうだろうか。
可愛らしく気持ち良さそうな寝顔に、寝かせておこうという気持ちと、
やっぱり起こして、おはようございますとか、いらっしゃい、とか
そんな風に笑いかけて欲しいという気持ちがせめぎ合う。
しばらく彼女の寝顔を見つめた後、ふと窓を見ると、
わずかなカーテンの隙間から、朝陽が差し込んでいるのに気付いた。
さっきまではかなり薄暗かったのに、もう朝になるんだ。
夜には間に合わなかったけれど、今日の朝は一緒に迎えることができそうだ。
よかった。
キョーコ…一緒に朝陽の中で過ごすのは、これで何度目になるんだろうね。
君は知ってるのかな。
俺は、朝を君と一緒に迎えるたびに、すごく幸せな気持ちになれる。
夜を共に過ごすのとは、少し、いや、ずいぶん違うんだ。
今は日陰を歩くしかないような君と俺との関係に差してくる一筋の希望のような気がして。
いや、確かに端から見れば日陰かもしれないけれど、
そんなことを感じさせないくらい、君との時間は幸せに満ちてる。それは確かだ。
だから。
「大丈夫…これからもずっと一緒にいよう…」
仮眠を少し取ったとはいえ、やっぱり少し眠い。
珍しいことに、今日から2人揃って2日間のオフ。
…ちょっとだけ、眠ってもいいかな…そうだな、君が可愛く起こしてくれるまで。
次に起きた時には、彼女の笑顔に逢えることを願って目を閉じた。
これから先に待っている、少し多めにプレゼントしてもらえた彼女と過ごせる時間に深く感謝をしながら。
おはよう…おやすみ…キョーコ…
2007/06/01 OUT