秋の恋人 -KYOKO

From -PatiPati's Thanks TEXTS -SERIES*SEASONS OF LOVE2 LOVERS

「ごめんなさい、遅くなったからどうしようかと思ったんだけど…」

ロケから帰ってきた日。
もうすぐ日付が変わりそうだったけれど、敦賀さんに電話をしてから彼の部屋にやってきた。
しばらくの間、朝が早い現場だって言ってたから、出迎えてくれた敦賀さんは当然パジャマ姿。
だけどいつもと同じように笑って、私の手を引いて部屋の中に招き入れてくれた。

「気にしないで。逢えて嬉しいよ」
「ん…」

私も。
季節のせいなのかな。
少しずつ寒くなってきてるから余計に、敦賀さんの体温が恋しい。
ひとりでいると、ふたりでいる時よりもずっとずっと、敦賀さんのことを想う。
だから、逢えた時にはすごく嬉しい。
敦賀さんに逢うためにちょっと無理なことしてるな、って時でも、逢えた嬉しさで帳消しになっちゃう。
もちろん…体力的に回復するわけではないけれど。
そして、お仕事に支障が出るようなことは、していない、はず。
敦賀さんと同じくらい、お仕事も大事だもの。
欲張りになった私には、両方とも必要だから。
お芝居は、私と敦賀さんを繋いでくれるもうひとつの絆。

でも今日は特別。
ちょっと眠いけど、どうしても敦賀さんに見せたいものがあって来たの。
玄関先で立ったままキスをしながら心の中で呟いた。
それを見せたら今日は帰ろうかと思ってたけど…こんなキスをされたら決心が揺らいでしまいそう。

「お茶、入れるから座って待ってて」
「あ、いいの。私入れる」
「いいから…疲れてるだろう?遠くから帰ってきたんだから」

敦賀さんがそう言って私を少し強引にソファへ座らせた。
そのままキッチンへ消えていった背中を見送る。
久しぶりの敦賀さんのお部屋だけど、この前に来た時とほとんど変わってなくて、
流れてる空気も同じで、ほのかに漂う香りも敦賀さんのもの。
東京に着いた時よりもずっと、帰ってきたっていう実感を私にくれる。
沈み込むままゆっくり背中を預けて、ほうっとため息をついた。
ただいま…敦賀さん。

あ、そうだ。敦賀さんに見せたいもの、なんて言っておきながらぼんやりしちゃってた。
用意しなきゃ。

持っていた荷物の中から、ビニール袋を取り出す。
それから、包装紙に包まれた漆塗りのお椀。ミネラルウォーター。
これは私の飲み残しなんだけど、いいよね。飲んでもらうわけじゃないから。
ロケで行ってきたところはここよりも紅葉が早く進んでて、それがすごく綺麗だったの。
あんまり綺麗で、一緒に見たくなったんだけど、今はちょっと無理だから、
だったらせめて、雰囲気だけでも一緒に感じたい。
ビニール袋の中には、紅く染まった落ち葉。
ごめんね、って謝って、ちょっとだけ、連れてきちゃった。
おみやげにしようと思って買った漆塗りのお椀に、ミネラルウォーターを注いで、
そこに、何枚かの落ち葉を浮かべる。
お店のディスプレイでも似たようなことをしてたから、これだったらいいかなって。
写真よりもこっちのほうが上手く伝わるかも、って思ったの。

「どうしたの、それ」

小さな秋に見惚れていたら、敦賀さんがお茶を乗せたトレイを持って戻ってきてた。
お茶と…何かお菓子みたいなもの、かな?
敦賀さんこそ、どうしたんだろう、それ。

「おみやげ、です。綺麗でしょう?本当は一緒に見たかったけど…とりあえず今はこれだけ」
「そうか、もうそんな季節なんだ…」
「すごく綺麗でしたよ。敦賀さんに見せたかったな」
「そうだね…見たかったな」

そうやって笑いながら、敦賀さんがお茶とお菓子を私の前に置いてくれた。
お茶は紅茶だけど、このお菓子、なんだろう…?オレンジ色で、四角…
パウンドケーキみたいだけど、オレンジ色?

「あ…もしかして」
「昨日はハロウィンだっただろう?このケーキなら一週間くらい大丈夫って言うから」
「カボチャですね?」
「そう、カボチャのケーキだって。今年は可愛い魔女に逢えなくて残念だったな」
「ふふ…」

去年のハロウィンに、魔女の格好をしてこのお部屋に来たことを思い出した。
パンプキンパイを持って、社長さんとマリアちゃんに勧められるままのミニワンピで。
パイを食べた後のことまで思い出して、顔が少しだけ赤くなる。
そうか…去年の秋も、今年の秋も、敦賀さんと一緒。
一緒に過ごせることが、できたんだ…。

「すっかり秋ですね」
「そうだね」

テーブルの上の秋を眺めながら、2人でお茶を飲んだ。
ロケの間にあったことや、ドラマのお話、それから敦賀さんの今の現場のこととか
次に来てる映画の話。
そんな会話の間をゆっくりと流れていく時間がとても愛おしくて、胸があったかくなる。
私と敦賀さんを取り巻くものは少しずつ変わっていくけれど、そんな気持ちだけは変わらない。
これから何度季節がめぐってきても、きっと。

この先いくつ目の秋になったら、敦賀さんと一緒に紅葉を見ることができるのかな、
なんて思いながら、泊まっていく?と私に問う彼の声にゆっくりと頷いた。

秋の夜更けの、小さな出来事。



2007/11/01 OUT
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