「ごめんなさい、遅くなったからどうしようかと思ったんだけど…」
ロケから帰ってきた日。
もうすぐ日付が変わりそうだったけれど、敦賀さんに電話をしてから彼の部屋にやってきた。
しばらくの間、朝が早い現場だって言ってたから、出迎えてくれた敦賀さんは当然パジャマ姿。
だけどいつもと同じように笑って、私の手を引いて部屋の中に招き入れてくれた。
「気にしないで。逢えて嬉しいよ」
「ん…」
私も。
季節のせいなのかな。
少しずつ寒くなってきてるから余計に、敦賀さんの体温が恋しい。
ひとりでいると、ふたりでいる時よりもずっとずっと、敦賀さんのことを想う。
だから、逢えた時にはすごく嬉しい。
敦賀さんに逢うためにちょっと無理なことしてるな、って時でも、逢えた嬉しさで帳消しになっちゃう。
もちろん…体力的に回復するわけではないけれど。
そして、お仕事に支障が出るようなことは、していない、はず。
敦賀さんと同じくらい、お仕事も大事だもの。
欲張りになった私には、両方とも必要だから。
お芝居は、私と敦賀さんを繋いでくれるもうひとつの絆。
でも今日は特別。
ちょっと眠いけど、どうしても敦賀さんに見せたいものがあって来たの。
玄関先で立ったままキスをしながら心の中で呟いた。
それを見せたら今日は帰ろうかと思ってたけど…こんなキスをされたら決心が揺らいでしまいそう。
「お茶、入れるから座って待ってて」
「あ、いいの。私入れる」
「いいから…疲れてるだろう?遠くから帰ってきたんだから」
敦賀さんがそう言って私を少し強引にソファへ座らせた。
そのままキッチンへ消えていった背中を見送る。
久しぶりの敦賀さんのお部屋だけど、この前に来た時とほとんど変わってなくて、
流れてる空気も同じで、ほのかに漂う香りも敦賀さんのもの。
東京に着いた時よりもずっと、帰ってきたっていう実感を私にくれる。
沈み込むままゆっくり背中を預けて、ほうっとため息をついた。
ただいま…敦賀さん。
あ、そうだ。敦賀さんに見せたいもの、なんて言っておきながらぼんやりしちゃってた。
用意しなきゃ。
持っていた荷物の中から、ビニール袋を取り出す。
それから、包装紙に包まれた漆塗りのお椀。ミネラルウォーター。
これは私の飲み残しなんだけど、いいよね。飲んでもらうわけじゃないから。
ロケで行ってきたところはここよりも紅葉が早く進んでて、それがすごく綺麗だったの。
あんまり綺麗で、一緒に見たくなったんだけど、今はちょっと無理だから、
だったらせめて、雰囲気だけでも一緒に感じたい。
ビニール袋の中には、紅く染まった落ち葉。
ごめんね、って謝って、ちょっとだけ、連れてきちゃった。
おみやげにしようと思って買った漆塗りのお椀に、ミネラルウォーターを注いで、
そこに、何枚かの落ち葉を浮かべる。
お店のディスプレイでも似たようなことをしてたから、これだったらいいかなって。
写真よりもこっちのほうが上手く伝わるかも、って思ったの。
「どうしたの、それ」
小さな秋に見惚れていたら、敦賀さんがお茶を乗せたトレイを持って戻ってきてた。
お茶と…何かお菓子みたいなもの、かな?
敦賀さんこそ、どうしたんだろう、それ。
「おみやげ、です。綺麗でしょう?本当は一緒に見たかったけど…とりあえず今はこれだけ」
「そうか、もうそんな季節なんだ…」
「すごく綺麗でしたよ。敦賀さんに見せたかったな」
「そうだね…見たかったな」
そうやって笑いながら、敦賀さんがお茶とお菓子を私の前に置いてくれた。
お茶は紅茶だけど、このお菓子、なんだろう…?オレンジ色で、四角…
パウンドケーキみたいだけど、オレンジ色?
「あ…もしかして」
「昨日はハロウィンだっただろう?このケーキなら一週間くらい大丈夫って言うから」
「カボチャですね?」
「そう、カボチャのケーキだって。今年は可愛い魔女に逢えなくて残念だったな」
「ふふ…」
去年のハロウィンに、魔女の格好をしてこのお部屋に来たことを思い出した。
パンプキンパイを持って、社長さんとマリアちゃんに勧められるままのミニワンピで。
パイを食べた後のことまで思い出して、顔が少しだけ赤くなる。
そうか…去年の秋も、今年の秋も、敦賀さんと一緒。
一緒に過ごせることが、できたんだ…。
「すっかり秋ですね」
「そうだね」
テーブルの上の秋を眺めながら、2人でお茶を飲んだ。
ロケの間にあったことや、ドラマのお話、それから敦賀さんの今の現場のこととか
次に来てる映画の話。
そんな会話の間をゆっくりと流れていく時間がとても愛おしくて、胸があったかくなる。
私と敦賀さんを取り巻くものは少しずつ変わっていくけれど、そんな気持ちだけは変わらない。
これから何度季節がめぐってきても、きっと。
この先いくつ目の秋になったら、敦賀さんと一緒に紅葉を見ることができるのかな、
なんて思いながら、泊まっていく?と私に問う彼の声にゆっくりと頷いた。
秋の夜更けの、小さな出来事。
2007/11/01 OUT