ここで仕事をすることはそんなにあるわけじゃないから、
オフィス、といってもなかなかピンとこないんだけど、言うなれば
ホームみたいなものなんだろう。
一歩入れば少しだけ緊張感が緩む気がするし、
逆にドアから外に出て行けば、改めて身の引き締まる思いだ。
1人で仕事をするときだって、相手は俺のことをLME所属として見るわけだから
代表していると言っても決して過言ではないだろう。
「じゃあ蓮、悪いけど」
「わかりました。じゃあ俺は適当に」
「携帯は持っててくれよ」
「はい」
その”ホーム”に着いてすぐ、今日は1人で用事があるというマネージャーと別れた。
仕事の合間にここに来る時はほとんどこのパターンで、
時間を持て余した俺は大体はあまり使われない部屋で仮眠を取ったり
人気のないような階段でセリフを入れたりするのだけど
いつからか少し違う時間のつぶし方をするようになった。
俺と同じくここをホームとする恋人に、ちょっかいを出すこと。
実際に逢うわけじゃなくて、いつもは電話やメールで。
忙しい人間同士、ここで逢えるのは奇跡に近い。
それでもここは俺と彼女を繋ぐ第2の絆でもあるから、
ここにくれば万にひとつの確率だって望める。
なんてニヤニヤしていたら、携帯電話が震えだした。
「キョーコ?どうしたの」
「敦賀さん?どこですか?今、事務所なんですけど」
ディスプレイのおかげで確信を持って電話に出ると、妙に小さな彼女の声が流れてくる。
なんだろう。俺のささやかな願望が宇宙に通じたんだろうか。
そして彼女の声は、それを増幅させる信号みたいだ。
顔を見て抱きしめるだけで満足できるかどうかちょっと自信がない。
2010/01/10 OUT