規則的に野菜を刻む音が、無心の世界への扉を開けようとした瞬間、
身に覚えのある感触が私を即座に現実に連れもどす。
「ただいま」
「お…かえりなさい、気づかなかった、ごめんなさ」
「ん、いいんだ」
頭のすぐ上で、来てくれてありがとう、と呟く敦賀さんの艶のある声が、身体をしっとりと包む。
抱きしめられるのと同じくらい、囁かれるのも好き。
今日に限らず、いきなりこうやって抱きしめられることが多い。
もちろん、ところ構わず、という程ではないし、さすがに人前ではないけれど、
でも2人でいるときには、いつも、かな。
抱きしめられるのが嫌なんじゃなくて、ただ単にいきなりだから、びっくりする。
びっくりして、それから少し遅れて、敦賀さんがくれるあったかさに、じーんとする。
「……が……」
「はい?」
「好きな時に…こういうことが出来るって、幸せだなって」
こういうこと…?
あ、そっか。
敦賀さんに抱きしめてもらうのも、キスをするのも、
私と敦賀さんが恋人同士だからできること、なのよね。
了承を得ることはするけれど(私はね。敦賀さんは、ときどき)、
恋人っていう関係の中にある暗黙の了解の数々が、いつでも私達をぐっと近づけてくれる。
「キスしてもいい、かな」
「……はい」
いつでも、好きな時にしてください。
キッチンでもどこでもいつだって、敦賀さんが、好きな時に。
2009/03/03 OUT