すぐそこが俺の部屋。
というか、このフロアにあるのは俺の部屋だけ。
だから数十メートルあるこの空間が、
2人きりになっても人目を気にしなくていい最初の場所になる。
本当は彼女に来てもらうのもまずいことなのかもしれない。
いや、まずいと言うより良くないことなんだけど、
現状としては2人でゆっくりしたければこれしか方法はなくて、
リスクを犯してでもこういうことになってしまう。
「つきましたっ」
エレベーターのドアを見つめていると、開いたドアの向こうから
彼女が嬉しそうにそう言ってこちら側へ歩いてきた。
荷物がない方の手をとって、ぎゅっと握る。
そう、こうやってためらいもなく手を繋げるのも、ここから。
心の中で、いつも聞いてみたい衝動にかられる。
こんな他愛もないことが、俺が相手じゃままならない。
そのことに君は、疲れたりはしないんだろうか。
世の中の女の子が恋人に求めることの1/3も俺がしてあげられないことを
君は心底嫌になったりしないんだろうか。
たとえそうでも、君の手を離すことは、俺には絶対できない。
できる範囲のことは、と努力はしてみても、いつか愛想を尽かされて…
「どうかしました?」
「ん、いや、なんでもな―」
立ち止まって俺の顔を見上げた彼女にそう言おうとしたら
突然ぎゅうっと抱きしめられた。
予想外の行動にびっくりして彼女を見ると、とても心配そうな表情をしていた。
「むずかしい顔してるから、どうしたのかなって」
君は多分、本当に嫌ならきちんと言う。
だから、今の状態がどんなものでも、
君が望んで俺を選んでくれているんだと知ってるはずなのに。
外じゃ出来ないことも、ここなら十分すぎるくらい、できる。
場所を選ばなきゃならないことを憂うより、君を抱きしめられる幸福に感謝しよう。
普通の恋人としての2人を始められる、この廊下で。
2010/01/12 OUT