玄関を開けたら、明らかに恋人のものとおぼしき靴が揃えられていて、
さすがに少しビックリした。
いや、少しというか、かなりビックリした。
来てくれるのはすごく嬉しいんだけれど、まさか今日、来ているとは予想もしなかったから。
多分まだ大した被害は出ていないと聞いてはいたけれど、
ただ、これからの方が雨や風も強くなることが予想できるのだし、
明日のことを考えて今日は来ないんだろうと思っていたから余計に。
「おかえりなさいっ、すごい天気ですけど大丈夫でしたか?」
逢えて嬉しいやら、こんな日に来て大丈夫なんだろうかと心配になるやらで
いくぶん矛盾していた心も、彼女の顔を見れば晴れてしまう。
我ながらゲンキンだよな、と思いつつも、駆け寄ってきた彼女をぎゅっと抱きしめた。
「ただいま。まさか来てると思わないから驚いたよ」
「早く終わったから、これなら行っても大丈夫かなって」
「逢いたいって思ってくれた?」
訊かなくてもわかることだけど、彼女の口からそれを聞いてみたくてそう尋ねると
覗き込んだ彼女の顔が少しだけ紅く染まる。
十分な答えをもらって満足した俺が気をよくしてねだった深いキスに
彼女が背伸びをして応えてくれた。
日頃の行いがいいかどうかは神様にしかわからないことだけど
神様が見ていてくれたんだろうか。
思いがけないプレゼントに心の中は外の天気とは正反対だ。
「どうやって来たの?仕事はどうだった?」
「近くまでタクシーで来ました。予定では外だったから撮れなくなっちゃったの。敦賀さんは今日は?」
「俺も似たような感じだよ。今日はどこの現場もそんな状態だろうね」
仕事が滞るのは不本意ではあるけれど、自然現象が相手ならどうしようもない。
むしろ潔く諦められるし、こんな風にして突然できた本当はなかったはずの時間を心置きなく楽しめる。
と、俺は思っているんだけど…彼女の様子を窺うと、大体自分と似たようなものだと推測できて
誰に見られるともないこのふたりきりの部屋でこっそりと顔を緩めた。
「仕事が予定通りに進まないのは多分まずいんだけど…ヘンかな」
「……?何がですか?」
「こうやってゆっくりできて嬉しい」
正直に口にした俺の気持ちを聞いて、彼女が照れくさそうに微笑んだ。
俺がこんなことを言うとは思わなかったんだろうか。
仕事が大切なことに違いはないけれど、それと同じくらい、というか、彼女のことは別の次元で大切だ。
片方の為にもう片方を犠牲にしたとか、そういうのではないのだから、大目に見て欲しい。
なんて、誰に言い訳するでもなく自分に呟いた。
できることなら毎日でも逢いたい。
そんなわがままな気持ちもとりあえずは封印しているのだから、今日はそれのご褒美がもらえたと思っていいのかな。
「泊まっていってもいいですよね?」
「もちろん」
「電気止まったりしたら怖いし…」
「大丈夫」
どこまで意味が通じたかは置いておくとして、
多分ここでは本当に停電になったりすることはないとは思うけど、もし電気が止まったとしても大丈夫。
その前に電気を消して、台風なんて関係ない世界に連れて行くよ。
暗い中でできることなんて、思ってるよりずっと少ないってこと、教えてあげるから。
「簡単なものなら作れそうだから、ご飯作りますね」
「うん」
笑顔を残してキッチンへ向かう恋人を見送りながら、改めてその存在に深く感謝する。
不謹慎かもしれないけど、台風の日だってふたり一緒なら大丈夫だってことを教えてくれた君に。
もし明日、世界の終わりがやってくるとしても、ふたりで迎えられたらそれ以上の幸せなことはないだろうな、
なんて、彼女に知られたら怒られそうなことを考えながら、窓の外を見た。
投げやりになってるとか、そういうことじゃないんだ。
一緒に何かを乗り越えて行ける存在が、俺にもいてくれるってことが、純粋に嬉しいんだよ、キョーコ。
2008/08/30 OUT