汗がすぐ引くように、お湯の温度はぬるめにしておいた。
濡れた髪が早く乾くようにタオルでちょっとだけ乱暴に拭いて、
いつもみたいにパジャマに着替えるんじゃなくて、浴衣に着替える。
その姿で脱衣所を出てリビングに行くと、敦賀さんも浴衣に着替えてた。
さっきはバスローブだったから、少しだけびっくりしたけれど、
すごく似合っててとっても素敵…ふふふ。
サイズは特注なのかしら?社長さんからもらったのかな?
「新しい浴衣?すごく似合ってる、可愛いよ」
「敦賀さんも、すっごく似合ってます」
「…惚れ直してくれた?」
お風呂上りの私に気づいた敦賀さんが、ソファから立ち上がる。
そのまま近づいていくと、そっと抱き寄せられた。
敦賀さんの身体からも、私と同じボディーソープの匂いがしてて
目を閉じたら一緒にお風呂に入ったときのことを思い出してドキドキしちゃう。
惚れ直す、なんて…言ってみれば毎日のことなのに、ね。
毎日毎日、敦賀さんのことを好きな気持ちは増えていく。
好きすぎて苦しいこともあるけれど、辛いわけじゃない。
増えていく「好き」を抱えたまま、いつまでも一緒にいたいと、心からそう思う。
楽しいことも、悲しいことも、分かち合える、そんな関係でいたい。
今までもそうだったし、これからも。
ねえ敦賀さん、あなたとずっと…一緒にいても、いい?
今はまだ言葉にさえできない、そんなわがままな想いを、心の中から敦賀さんにそっと問いかける。
いつか、聞けたらいいのに。
私と…ずっと一緒にいてくれますか…?敦賀さん。
夏が終わって、浴衣が着られなくなってからも、ずっと。
来年の夏が来て、そしてまた夏が終わっても…ずっと。
「まだ始まらないですよね?私、用意してくるから待っててください」
「手伝うよ」
「いいの、待ってて」
敦賀さんにやんわりとそう告げると、キッチンへ急いだ。
今日は、このお部屋から花火が見える日。
早めに仕事が終わりそうだって敦賀さんが言うから、一緒に花火を見ることにしたの。
花火を打ち上げているのはちょっと遠くなんだけれど、
このお部屋は高いところにあるから見通しが良くて、結構綺麗に見えるの。
テンションが上がった私が、浴衣を持っていくと言ったら、敦賀さんも乗り気になってたから
どうせならとことん乗っちゃおうと思って、いろんなもの、用意したんだ。
「わぁ…よく冷えてる!」
用意したって言っても、実はだるまやから持たせてもらったものがほとんどなんだけど。
いつもならビール、って感じなんだけど、今日は和風で梅酒にしてみたの。
おつまみは、ゴマ豆腐、枝豆、大将がわざわざ作ってくれた肉じゃが。
花火を見るのが目的なのか、お酒を飲んでおつまみを食べるのが目的なのかわからなくなっちゃうかも。
うーん、でも、楽しみ。
食べやすいように綺麗に小皿に盛って、冷えた梅酒が入ったデカンタとグラスも一緒にお盆に載せた。
「お待たせしました~、もう始まっちゃった?」
「まだみたいだよ」
お盆を持ってリビングに戻ると、ベランダに繋がる窓を開けて、
敦賀さんがソファをベランダに向けて動かし終わったところみたいだった。
移動してくれたテーブルに、お盆に乗せて持ってきたものを並べる。
ふたつ分のグラス、お箸、お皿。それからおつまみのお皿も。
「今日は梅酒にしてみたの、飲めます?」
「うん、飲めるよ」
「これは大将がね、敦賀さんに、って作ってくれたんですよ」
「本当に?…嬉しいな」
「またお店にも来てくださいね。大将待ってますよ、多分」
「そうだね、また行くよ」
紹介するために顔を合わせてもらってから、
2人は私の知らないところで少しずつ仲良くなってるみたい。
私がちょっぴりヤキモチ妬いちゃうくらいに。
だけど本当は、敦賀さんとも大将とももっと仲良くなれた気がしてとっても嬉しいの。
ソファに並んで座ってから小さく乾杯をして、梅酒を喉に少しだけ流し込んだ。
すっきりした甘みと爽やかな酸味が夜の涼しい風を身体にも連れてきてくれたような気がして
季節が確実に移り変わっていることを改めて知る。
遠くに見える花火がとても綺麗で、せっかく持ってきた物を食べるのも忘れて見入っていると
投げ出していた手が、敦賀さんのそれにそっと掴まれたのがわかった。
大したアルコール度数でもないはずのに、夜空を彩る花火とか、
身体を包む夜の風とか…ほのかに香る同じ香り、隣にいてくれる敦賀さんに、酔ったのかな。
頭が少しふわふわしてきた。
手を繋いだまま、敦賀さんを見たら、あっという間に顔が近づいてきてそのまま唇が触れた。
「…花火、見えないですよ…?」
「…うん」
唇を離してから敦賀さんの表情を窺う。
暗くてきちんとは見えないけれど、とろけそうに微笑んでいるのが微かにわかった。
そんな顔で、微笑うなんて、ちょっと反則よ?
私も、花火よりもあなたのほうから目が離せなくなっちゃうじゃない。
そう思っていたら遠くからまた花火の音が聞こえてきて、
距離が縮まった敦賀さんの肩に頭を乗せたまま、もう一度顔を花火の方に向ける。
敦賀さんとのキスがくれた高めの温度のせいなのか、目に映る花火が少し遠くの世界の出来事みたい。
吹き込んでくる風から、夏の香り。
敦賀さん、今年の夏はどれくらい一緒にいられるかな。
今日は花火を見たから、今度は何をしようかなって考えるだけでも、何だかわくわくする。
もちろんどこにも行かなくても、何もしなくても、一緒にいるだけでとっても楽しいんだけれどね。
ねえ敦賀さん…また…夏が、始まるんだね。
2008/07/27 OUT