宵闇 -KYOKO

From -PatiPati's Thanks TEXTS -SERIES*PIECES OF 12 SEASONS

敦賀さんの表情とか、考えていることとかを、声だけで推測するのは結構楽しい。
目を閉じて声を聞いていても、あ、ちょっと楽しそうにしてる、とか、
今日は少しだけぴりぴりしてる、とか案外わかるものなのよね。
ぴりぴりしてるのを自分のせいかもしれない、って思ってたことも以前はあったけれど、
さすがに最近はもう、そんなことは思わない。
どうしてかって言われても…どうしてかしら。やっぱり、一緒に過ごすようになって長いからかな。

顔色を窺う、ってわけじゃないんだけど、その人がいつもと違ったら気になるわよね。
敦賀さんとお付き合いしてない頃の私は、そんな感じだった気がする。
怒らせることもあったから、余計にね。
今は違う。
心を開いてくれてるってこともちゃんとわかってるし、私もそうだし。
だけど抱えてる想いとか立場が違っても、敦賀さんのことを気にするのは変わらない。
好きだから、一番大切な人だから、その人の様子がいつも気になる。
それで、聞き逃したり見逃したりすることがないように、敦賀さんのことをいつも気にしてる。

この間は、今日はちょっとだけ機嫌悪いかも、って思って尋ねてみても理由を言わなくて、
どうしたんだろうって考えてたら、それが私がロケに出る前日だってことしか思い当たらなかった。
聞いてみたら本当にそうで、我ながらおかしくなっちゃった。
つまり私が一週間の地方ロケに出ちゃう、っていうのが理由。
最初は都内のロケだったのが急に変わっちゃったせいで、
敦賀さんに伝えるのが遅くなったから仕方ないのだけど。
本当に怒ってたわけじゃなくて、ちょっとむくれてた、っていうのが正しいかな。
そういう敦賀さんを見るのは初めてじゃなかったから良かったけど、知らなかったらびっくりするわよね。
敦賀蓮だってヤキモチ妬くんだ、とか、久しぶりに逢えなくて寂しかったって私が言わなかったらいじけるし、
もう、こんな人だって知らなかったわよ、ってことが結構ありました。
だけど、そんな敦賀さんも、私は好き。
とっても可愛くて、他の人には見せないそんな顔を見られることへの優越感もちょっぴり味わえる。

「ん?」

まだ陽が沈んで間もなくて、夕方と夜の境目。
空が複雑な色を見せてる。
暗いのか、明るいのかといえば暗いほうなのだけど、また陽の名残があるというか、そういうあやふやな時間帯。
もう少ししたら完全な闇に包まれて、人工的な光なしでは物の判別もできなくなる。
そう、隣にいる敦賀さんの顔がどんな風に表情を作っているかも、わからなくなる。
今はまだ少しだけわかるから、横を見たらすぐに敦賀さんの優しい微笑みと出逢えるのだけど。

「綺麗ですね、空」

私達は2人で何をしているのかというと、ただ、ベランダに面した窓の前で並んで座っているだけ。
ソファをベランダに向けて、コーヒーを飲みながら、ぼんやりと夕陽を眺めてる。
沈黙ももう気まずいものではなくなって、私と彼との間に漂う空気はいつも柔らかくて心地良い。
こういう穏やかな時間を持てる自分がいるなんて思わなかったから、余計に嬉しいの。
それも多分一緒にいてくれるのが敦賀さんだから、よね
毎日、他愛もないことを電話で話して、ときどきこうして2人で過ごして、2人でするいろんなことをして、
そんな日常の繰り返しが、私にいちばんパワーをくれる。
それくらい、敦賀さんのことをいちばんに考えて過ごしているうちに、いろんな特技を身に着けた、ってとこかな。

「そうだね」
「何か食べたいものありますか?今日は無理だけど、今度までに用意しときます」
「ハンバーグ」
「も、まぁたそんなこと言って…」

真剣なふりをして即答する敦賀さんの声も、呆れたようにそれに答える私の声も、うきうき弾んでる。
それは多分今日久しぶりに逢えた嬉しさがまだ薄れていないから。
そして私がなんで呆れるかって言ったら、ハンバーグって敦賀さんの大好物ってわけじゃあないことがわかってるから。
私が好きだから、メニューを覚えたって感じ…でもないだろうけど、
それでもいつも食べたいものを聞いたら答えはハンバーグなのよ?
でも敦賀さんがどういう意図であろうとそう言ったんだから、今度はハンバーグ、作りますからね。

「今日は、簡単にチャーハンですよ」
「うん、楽しみだな…」

隣を見上げると、ほとんど敦賀さんの表情が見えなくなってた。外はもうすぐ、完全な夜空。
星を数えようとして上を向いたら、敦賀さんの顔が近づいてきた。
あ…

「ん」
「……どれくらいでできる?」
「……チャーハンですか?」

カップをサイドテーブルに置いて、敦賀さんの方へ身体を向けた。
敦賀さんの手を取ると、そこから離れていた時間を埋めるかのように敦賀さんの熱が伝わって、
身体が少し熱っぽくなっていく。
さっきの触れるだけのキスの物足りなさから、どちらともなくもう一度キスをする。
舌を愛撫しながら敦賀さんの首に腕を回す。
敦賀さんの手が私の服の中で踊る。唇を離した隙間から触れる吐息が熱い。
目の前が暗くてよく見えないけど、敦賀さんが笑ってるのだけはわかった。
チャーハンがどれくらいでできるかって…
これからしようとしてることをした後じゃあ、いつもより時間がかかるかもしれないのに、
知ってて聞いてるのよね、敦賀さん?
…じゃあ、私が今日はチャーハンにした理由も、とっくにわかってるのよね…



2008/10/19 OUT
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