梅雨 -REN

From -PatiPati's Thanks TEXTS -SERIES*PIECES OF 12 SEASONS

フロントガラスに筋を作って流れる水滴が、まるで流星群のようだ。
これぐらいたくさんの星が見上げた夜空に流れていたら、
きっと彼女は大喜びでありったけの願い事をするに違いない。
欲張りに見えるけど実は控えめだったりするから、ひとつの事を真剣に願うんだろうか。
季節柄、雨が続いていて2人で星を見るということもしばらくしていない。
その代わりに、雨の日のフロントガラスと言う他愛ないものを見て、星のことを思い出す。
綺麗な星空を見るのが好きな、彼女のことを。

「もしもし」

待ち合わせまでの間、少し休もうかと思ってシートに身体を預けた瞬間、
携帯電話の呼び出し音が軽やかに鳴り響く。
きっと電話が来るだろうと思って、さっきマナーモードを解除しておいた。
電話をかけてきたのが誰なのかも、もうわかっていたけれど、
それでも受ける瞬間ディスプレイを見て、表示されたその名前に胸をときめかせる。
胸がときめくなんて、男にはそぐわない言葉だろうか。
そんなことを思いながら、通話ボタンを押した。

『敦賀さんっ、今どこですか?もう着いちゃいました?』

電話の向こうからいつものように可愛い声が流れてくる。
ああ、いつもよりは慌ててる感じかな。
それに、俺を呼ぶ声にためらいがないから、周りに人がいないんだろうか。
周囲を気にしていつもは少し控えめに呼んでくれるのを、
聞き逃さないようにするのも結構好きだ。

「慌てなくていいよ、ちゃんと待ってる」
『ああっ、ごめんなさい、今終わって下に降りようとしたんだけど、急に呼び出されちゃって』
「大丈夫。済むまで良い子にして待ってる」
『すぐ済むって言ってましたから、すぐですからっ』

そんなに慌てなくてもちゃんと待ってるのにな。
やけにテンパった感じの彼女もそれはそれで可愛くて、
目をぐるぐる回して、といった様子なのかと思ったら自然に顔が緩む。いや、ニヤけてしまう。

「わかった。気をつけて。うん、またあとで」

慌てていて上手く伝わっているかどうか、
念を押すように彼女にそう告げて回線を切り、もう一度シートにもたれかかる。
梅雨に入ってしばらく経つけれど、雨が降っている日に逢うのは久しぶりだ。
要するに、しばらくの間満足に逢えていなかったということで
それで今日は朝から沸き立つ気持ちをなかなか抑えられなかったり
そわそわしたりしてしまったんだけど、さっきの彼女の慌て様も、もしかしたらそんなところなのだろうか。
確かに落ち合う時間を一応は決めたものの、俺は逆に早く着いてしまったわけだし、
こういう仕事柄、なかなか時間ぴったりに、というわけにはいかない。
もちろん、だからといって何か不満があるわけじゃなくて、逢えるというだけで俺には十分だ。

今日は何をしようか。
もともと待ち合わせていた時間が少し遅いから、遠くまでは行けないし
雨が降っているからドライブの後に車を降りることもできないし…。
晴れていれば、例えば星が見えるところまで行ってみるとか、そんなこともできるけれど。
そうだ、今度逢えた時、雨が降っていなければ星を見に行こう。
場所をきちんと下調べしておいて、彼女に内緒で連れて行けたらいいな。
ああ、わくわくする。
そんなことだけで。いや、そんなこと、なんかじゃない。
俺にとっては、それが生きている中で一番大切なこと、なんだろうと思う。
彼女のことを考えて、自分のことを考えて、そうやって2人で生きていけたら、と。

「ごめんなさい、敦賀さん早かったんですね、びっくりしちゃった」

窓を小さく叩く音がしたかと思ったら、同時に助手席のドアが開いて
恋人がそんなことを言いながらシートに滑り込んできた。

「もう済んだの?帰っていいって?」
「ふふ、もう終わりましたよ、大丈夫です」

ここが事務所の駐車場だということを忘れて、はいないけれど
久しぶりの感触を確かめるために、彼女の手を取って抱き寄せてからそっと口づける。
びっくりした様子の彼女だったけれどちゃんと応えてくれたのが嬉しくて
少し長めにキスを交わして唇を離すと、ここがどこなのかわかってるんですか、と怒られた。

「わかってるよ」
「わかってないです」
「うん、わかってる」

わかってるけど、でもいいんだ。
いや…本当はよくないけど…でも、どうしてかな。素直な欲求にはなかなか勝てない。
ましてや、こうして動いている実物の君に逢うのも久しぶりなんだから。

「もう…」

最後に頬にキスをしてから顔を離したら、彼女が少し膨れた顔をして俺を睨む。
そんな可愛い顔したって、逆効果なんだけどな。

「俺の部屋でいい?」
「ん。ごはん作りますね。この間冷凍しておいたミートソースがあるはずだから簡単に」
「そっか、嬉しいな」
「あとね、私今日はすごいもの持ってきたの」

行き先の確認をしながら駐車場を出たところで、最後に彼女がそんなことを言った。
すごいもの…?

「何?」
「教えて欲しいですか?」
「うーん…じゃあ、ヒント」
「ヒント…えーっと…キラキラしてます」

キラキラ?
ごめんキョーコ、まったくわからない。

「わかりません…よね」
「うん、ごめん、もうちょっとヒントくれる?」
「えっと…食べ物じゃないんです…見る、もの…かな」

見るもの、で、キラキラ?
彼女のくれた2つのヒントをつなげてみてもさっぱり思いつかない。
思いつかないというか、見るものでキラキラしてるって言ったら、
今の俺には星しか思い浮かばないんだけど、星なんて、そう簡単に持ってこれるもんじゃないし、
かといって、星を思い浮かべてしまったら他のものがまったく考えられなくなった。
ここは降参して答えを聞いたほうが早いし、精神衛生上良いような気もする。

「星、じゃないよね?まさかそんなのどうやって手に入れるのか」
「わ、敦賀さんすごいっ。正解です!」
「…え?」

深く考えずにそう言ってみると、なんと正解だと言う。
どういうことなのかますますもってわからなくなった俺をよそに、
彼女が持っていた袋をごそごそとし始めて、その「星」とやらを出そうとしている。
メルヘンだとは思ってたけど、それはそれで可愛いからまったく構わないんだけど
いつの間に星まで手に入れることができるようになったんだろうと考えていると、
少し先の交差点の信号が赤に変わった。

「星というか、プラネタリウムです。すっごく綺麗なの。ベッドに寝転がって見たらいいかなあって」

車を停止させてからそう言う彼女のほうを見ると、何やら小さめの装置を手にしていた。
プラネタリウムか…なるほど、ね。
偶然にも、彼女との思考が少しリンクしていたことに感動を覚えた。
ないものねだりとは良く言ったもので、星が出ている夜なんて数え切れないくらいあるだろうに、
雨が降っていて夜空が見えない時にこうして2人で星のことを思うなんて。
彼女と俺との世界の共有率が上がっている証拠だろうか。

「そうだね…ベッドか…」
「あ、べ、ベッドって、そんなヘンな意味じゃないんですよっ、私はただ」

芝生に寝転がって夜空を見上げるように、今日は2人でベッドで並んで眠るのもいいかな、
なんて思いながら青信号になった交差点を駆け抜けると
彼女が慌てて俺の言葉を上書きするようにかき消す。

ああ、それもいいかもしれないね。
星の降る中でキスをして、抱き合って…それからいろんなところを繋げて。
そういう意味で言ったんじゃないけれど、
よく考えたら今夜は泊まっていってくれるということになってるんだから、
もちろん、そういうことだって十分、時間を気にしないでできるわけだし。

「あっ、ほら見て敦賀さんっ、窓の外、流れ星みたいですっ」

自分のセリフをごまかそうとした彼女のその言葉に、思わず吹き出してしまう。
ごめんごめん、そういう意味じゃないんだ。
俺も同じこと、思ってたよ。流れ星みたいで綺麗で、君にも見せたいって。
だから、それが、すごく嬉しくて。



2008/06/27 OUT
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