長閑 -KYOKO

From -PatiPati's Thanks TEXTS -SERIES*PIECES OF 12 SEASONS

季節が春に移り変わっていく途中だからなのか、
今日は少しあたたかく思える。
約束の時間よりもずいぶん早くこの部屋に着いたときから
なんだか眠たくて、気がついた家事をこなしつつ欠伸なんかしたりして、
そんなに時間もかからずにそれを終えた頃には、頭が少しぼうっとしだした。

春、かあ…。

陽射しがまぶしい窓際まで歩いて、そっと階下を見下ろすと
遠くの景色が霞んで見える。
少しだけ雲がかかって、だけどおひさまの顔が良く見える、
とっても天気のいい昼下がり。
こういう時間に、ここにいること自体がちょっとめずらしくて、
自分の部屋でもないのにいそいそと家事をやってたら、
まるで、ダンナ様の帰りを待つ奥様のような気分になっちゃった。

うん…ほんとは違うんだけど、もしかしたら似たようなものなのかも。
ああ、でも、ここの家事は私がしなくちゃならないこと、ではなくて
たまたま余裕があるときにしかできないから、やっぱり違うかな。
敦賀さんよりも早く私がこのお部屋に来て、お洗濯をしたり
食事の用意をしたり、そんな風に過ごしながら彼の帰りを待つ。
そして、帰ってきた敦賀さんに報告すると、
敦賀さんは嬉しそうに、そしてちょっとだけ寂しさも含ませた顔を見せて、
ありがとう…ごめんね、と言って微笑む。
そのたびに私は、謝らないで、私がしたくてやってるんだもの、と返す

だって本当にそうなんだもの。
本当の夫婦じゃなくても、ただの恋人同士でも、
世界で一番大切な人のために、何かしたいと思う気持ちはきっと変わらない。
してあげられることがあれば、それをするの。
喜んでくれたら嬉しいな、とは思うけれど、見返りを望んでいるわけじゃない。
だってみんな、私がしたいと思ってやっていることだから。

そうだ、せっかくだからひなたぼっこでもしようっと。
キッチンでひとりぶんの紅茶を入れて、ベランダと室内の境目のサッシを開けて、
そのレールの上に腰を下ろした。

「ちょっとお行儀悪いけど…」

ああ、気持ちいい。
敦賀さんも今頃どこか、同じこの空の下でお仕事、してるかな。
今、隣に敦賀さんがいたら…どんな感じかしら。
2人で並んで座ってひなたぼっこしましょうって言ってお茶を入れて、
一緒にひなたぼっこなんてそうそうできるもんじゃないから、
嬉しくなった私はきっと敦賀さんにぴったりくっついてみたりして…お茶どころじゃない気がしてきたわ。

なあんだ。
結局、夜一緒に星を見たりするのと変わらない、のね。
並んで、じゃなくて、後ろから抱っこされて夜空を見上げて、
しまいには星じゃなくて、お互いを見つめあってそのうち…キ、キスとか…

…やめよう。

朝も昼も夜も、そばにいられたらそれだけで嬉しくて、
隣にいてくれることを確かめたくて手を伸ばして、それだけじゃ足りなくて
抱きしめたりして、一緒にいる時間が、1日の中の何時だって、きっと同じ。
ただ、嬉しい。

敦賀さんと一緒に暮らすって…どんな感じなんだろう。
帰る家が同じ、なんて、本当はそんな日が来るかどうかもわからない。
だけど一緒に暮らしていたら、お休みが同じ日に、朝から夜までずっと一緒とか、
もちろんそれは今も時々やるのだけど、朝や夜だけじゃなくて、
天気が良かったら昼間にはこうやってひなたぼっこしたり、一緒にお昼寝したり、
そういうことが、日常になってくるのかな。
ああ…なんて、特別な日常なのかしら。日常だけど、特別。
そんなの、考えただけで、身体がドキドキしちゃう。

一緒に暮らしていれば、私がここの家事をすることに対して
あのひとに申し訳なさそうな顔をさせることも、なくなるかしら?
別れ際に、2人で少し悲しい気持ちにならなくて、済むかな?

「ふふふ…」

想像したら、嬉しくて、それ以上に切なくて、少しだけ涙が出てきた。
おひさまの光が柔らかすぎるせいね。それに、ちょっと眠たいからかも。
敦賀さんに、逢いたいな…。

敦賀さんのベッドで眠ったら、夢の中で、逢えるかしら。
うん、お昼寝、しちゃおう。
ここのお部屋は、1人でいても1人じゃないみたいだから、
きっと逢いにきてくれるよね。待ってるから…。

*

「キョーコ、ただいま…」

手に何かが触れたことに気づいて、眠りの世界から意識が少しずつ引き戻されていく。
静かなはずのベッドルームで、誰かがしゃべってる声も聞こえた気がする。
誰…って、ここに帰ってくるのは敦賀さんしかいないから、
ああ、敦賀さんが帰ってきたのね。

ん…でもまだ明るいような気がするから、帰ってくるわけないか…。
あ、夢、なんだ。
夢の中で逢いたいとか、逢いにきてとか思いながら眠ったから、
本当に夢に見ちゃったんだ私。

夢の中で目を開けると、そこには確かに敦賀さんがいた。
私の手を握って、いつものように優しく微笑んでる。

「えへへ…本物、じゃないよね、敦賀さん…ありがとう…」

抱きしめようとしてくれる敦賀さんの手にくちづけて、
それからもう一度目を閉じた。

うん、2人でお昼寝する夢っていうのも、悪くない、かも…



2008/03/20 OUT
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