日が明るかった時に、ちらつく小雪を見た。
冬場の外のロケは思うより厳しくて、
カットがかかるたびに暖を取ろうとして火のある所でみんなが寄り添いあうのも
この季節ならではかな、と寒いにもかかわらず心がほっとあったかくなる。
風にあおられて四方八方へ飛んでいく小さな風花をとても綺麗だと思う、
その感動を、誰より共有したい人に伝えたくても、こんな状況では
いつもどおり振舞うことさえも許されなくて、ただ胸の内で呟く。
「大丈夫?」
ふと声がしたほうを振り向くと、同時に肩に何かをかけられた。
あったかい。
これ、京子ちゃんのだよね、と私に告げたその人が
私にそっと羽織らせたのは、現場に来るときに着ていたコート。
「あ、りがとうございます。でも、なんで…?」
「置いておける場所を作ってもらったんだ。待ってる時は着てたらいいよ」
「ああ、そうだったんですか。よかった…敦賀さんは寒くないんですか?」
私にコートを着せた人が衣装のままでいるのを見て、そう問いかけると、
もうすぐ行かなきゃいけないから、と、微笑みながら私に手を振って、
撮影が行われている中へ向かって遠ざかっていった。
現場であの人に「京子ちゃん」と呼ばれるとなんだかくすぐったい。
そして、今いる私とあの人は、仕事仲間なんだ、と背筋がピンと張る。
今のはちょっとだけ、不意打ちかな。
風花が綺麗だと伝えたい。
そう思った途端にあなたが私の名前を口にするなんて、できすぎもいいところだもの。
こんな時、本当の名前と、お仕事での名前の発音が同じで良かった、と思う。
「さむーい…」
頬に触れる風は冷たかったけれど、今ので少し心の中がぽかぽかしてきた。
わかっていても矛盾を覚える私のワガママな想いを、彼のあたたかくて大きな手でそっと撫でてもらった気分。
敦賀さん、あなたのことが本当に、好きよ。
「あー…あったかい」
「いつまでもこんなことしてたら、本当に見つかっちゃいますよ?」
すっかり暗くなった中、敦賀さんが私を自分のコートの中に収めるように抱きしめて、呟いた。
昼間と同じようなことを流れるようにやるもんだから、ついついその時のことを思い出す。
仕事が終わってから、2人で僅かな時間を一緒に過ごした後、敦賀さんがいつもの場所まで私を送ってくれた。
どちらともなく別れがたくて、だけど外にいる分危険も多いこの場所で少しだけ、2人で言葉を交わす。
車を降りようとすると、敦賀さんが助手席側のドアを開けてくれて、
そのまま降りると、外には昼間と同じように小雪がちらついていた。
敦賀さんに後ろから抱きしめられながら、だけど無言で暗い夜空を見上げる。
「きれー…」
「うん、綺麗だね」
昼間に言いたかったことを、今言っても、その時の気持ちをすべて伝えることはできないかもしれない。
だけど…共有している同じ景色を通じて、何もかもが伝わってるんじゃないかって、そんな気がして。
「気をつけて帰ってくださいね」
「次はいつ、逢えるかな?」
「すぐ逢えますよ。楽しみに、してます」
帰るために運転席に戻った敦賀さんとそんな会話を交わす。
そう。まだしばらく同じ現場での仕事が続くもの。
キョーコも京子も私。だから…また明日、お仕事で逢おうね、敦賀さん。
開けられた窓が閉まる前に身をかがめて、そっと敦賀さんにキスをした。
互いの感触を覚えておいて、次逢った時に、その続きができるように…そっと。
遠ざかるエンジンの音と車の影を見送りながら、彼がしてくれたのを真似て、自分で自分を抱きしめてみる。
「あったかい…」
冬の夜。
冷たい空気が、あなたのくれたぬくもりをくっきりと浮き上がらせる。
残されたぬくもりが冷めないうちに、また、抱きしめてもらわなくちゃ。
2008/12/29 OUT