毛糸玉 -KYOKO

From -PatiPati's Thanks TEXTS -SERIES*PIECES OF 12 SEASONS

周りの音が段々気にならなくなってきた。
ざわざわうるさいはずのテレビ局の廊下だけど、
作業に集中してるから、なのかな。

敦賀さんのために何でもしてあげたい、と思う。
してあげたい、って言うと、まるで私が何でもできる
完全無欠な人間のように思われるかもしれないけどそういうことじゃない。
敦賀さんのために何でもできるようになりたいのに、
私にできることって本当はとても少ない。
そう思いながら、でも自分にできることは、したい。
できないことがあったら、できるようになりたい。
無理してるんじゃなくて、素直にそう思えるの。
敦賀さんがいてくれるから、がんばれる。

世界で一番大切な人だから、いつも笑ってて欲しい。
お仕事でこういう業界にいるけれど、その中でもなるべく穏やかに、
自分のやりたいことをやってて欲しい。
誰かが敦賀さんを傷つけたりしないように、私がずっとそばにいて守るの。
そんな風に考えていくと、敦賀さんが好き、愛してるって気持ちが
まわりまわって、実は敦賀さんが住んでるこの世界ごと愛してる、って
ことなのかもしれないと思う。
社長さんや先生には負けるけど、私の愛だって結構おっきいのかな。
少なくとも敦賀さんよりもおっきくなって、敦賀さんを包んであげなくちゃね。

いっぺんにはさすがに難しくて、まずは小さなことから始めることにしたの。
それが、セーターを編むこと。季節はもうすぐ冬だし、ちょうどいいかなって、思ったの。
今まで、誰かにこういうことをしたいとはあまり思わなかったけれど
何でかな…敦賀さんに、って思い立ったらいてもたってもいられなくて。
似合いそうな色とかデザインとか、たくさん考えたり、毛糸を選んだり、
本当に楽しくて、冬が来るから敦賀さんのために、なんて思ったけど
実は自分のためなんじゃないかっていうくらい。
手編みのセーターなんて重たい、って話らしいけど、私と敦賀さんは一応恋人同士だもん。大丈夫よね。
本当はお部屋ででも着てもらえたら一番嬉しいんだけど、
受け取ってくれるだけでも十分。

編み目を飛ばさないように静かに編んでいたら、小さくノックの音がした。
誰だろう?
テレビ局の控え室でこんな風に誰かに尋ねてきてもらうなんてこと、滅多にないのに。
そう思いながら編んでいる途中のセーターを手から下ろしてドアに向かう。
ノブに手をかけた途端、ドアが素早く開いて、
誰かが、ドアのすぐ前にいた私を軽く抱きとめながら部屋の中に入ってきた。
え…あ…!

「ごめんね、邪魔だったかな。通りがかったから寄ってみたんだ」
「敦賀さん…っ」

ビックリした!ビックリしたけど…邪魔なんて、そんなこと。
微笑む敦賀さんに、ぎゅうっと抱きついてみた。
敦賀さんのことを考えながらセーター編んでたせいかな、
いきなり現れた本人を目の前にして、何だかすっごくドキドキしてる。

「座ってください、お茶入れますね。時間、どれくらいありますか?」
「5分くらいしかないんだ、ごめん。少し延びても大丈夫だとは思うけど」
「そうなの、すぐ入るから、少しでも飲んで行ってね」

*

「進んでる?」

控え室に用意してあるお茶を入れていると、敦賀さんが不意にそんなことを問う。
この場合の主語は、もちろん「セーター」。
だけどね…

「進んでますよ、ちょっとずつだけど」
「喜んでくれるといいね」
「ほんとに…ドキドキしながら編んでます」

絶対に、喜ぶと思うよ、なんて言いながら敦賀さんは私のことを後ろからぎゅっと抱きしめる。
抱きしめられたまま彼にもたれかかってみると、少しだけ斜めに向くように促された。
そのまま近づいてくる顔に目を閉じる。
逢えばどんなに短い時間でも必ず一度はキスをする。
それが私達の間での暗黙の了解。
キスをすると離れがたくなって、時間がない時はちょっぴり切なかったりするんだけど
それでも、敦賀さんとキスをする幸せがいちばんだから。

唇同士で互いのそれをそっと愛撫するようにキスを続けながら、
セーターを編み始めた時のことを思い出す。
ひょんなことから敦賀さんが気づいて、何編むの?セーター?誰に?、なんて
矢継ぎ早に聞くものだから、私もちょっとだけイジワルしたくなっちゃって
私がこんなことしたいなんて思う相手は、世界に1人しかいません、って言ったの。
全然イジワルなんてレベルじゃないんだけど、
私の言葉に敦賀さんは、それはもうとろけそうな笑顔で、
そっか、その人、きっとすごく喜ぶだろうね、うらやましいよ、って笑ったの。

ねえ敦賀さん、早くあなたの喜ぶ顔がみたいな。
すごく喜んでくれるんでしょう?ちゃんと覚えてるから、待っててね。
喜んでくれたら、私もっともっと作りたくなるかも。
…敦賀さんのお部屋で、私は静かに編み針を動かしてる。
隣には、セーターになるのを待ってる毛糸玉たちと一緒にあなたがいてくれたら、いいな…。

夢みたいだけど、夢では終わらせたくない幸せな風景。
願ったらきっと叶えられるって…もう、信じていいよね?


2008/01/13 OUT
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