窓を開けると一面が真っ白だった。
この季節は霧が出るとは聞いていたけれど、あまりに見事なその風景に圧倒される。
昨日から2人でちょっとした旅行に来ていて、今日は2日目。
こういう仕事をしていると、旅行なんてする暇はないと思われがちだけど、意外とそういう暇はあったりする。
まあ、もちろん…結構な苦労をして休みを捻出しているのは確かだ。
だからこそ、貴重な時間を余すところなく満喫したい。
何よりも、一緒に過ごしてくれるのが他でもない大好きな恋人だから。
「ん……早起きさんですね、敦賀さん」
後ろから声が聞こえてきて、振り向くと彼女が身体を起こしているのが見えた。
おはよう、と近づいて昨夜の名残とでも言うように抱きしめる。
微かに漂う彼女の香りと朝の空気をいっしょに吸い込むと、
それだけでかなりリフレッシュできた気がするから不思議だ。
「よく眠れた?」
「…寝たの明け方じゃないですか…」
彼女が呆れた声で呟いた。
そう、昨夜は久しぶりに2人きりになれたのと、逃避行のようにしてやってきた旅行気分で浮かれていて
散々彼女と抱き合って、気づいたら3時を回っていて、それでもまだ彼女を放せなくて、
眠りについたのはほとんど朝と言っても良いくらいの時間で。
だから身体が疲れたかといえばそうでもなく、こうしてまだ霧が出ている時間に目が覚めたわけだ。
浮かれた気分はまだまだ抜けそうにない。
イベントが楽しみな子供のようにうきうきわくわくして、我ながら本当にわかりやすいと思う。
彼女が呆れるのもわかる。
けど。
「せっかく2人きりになれたのに、もったいない」
「そ、れはそうですけど…」
俺の腕の中でそう呟いた彼女が欠伸をかみ殺す。
君は眠ってても良かったのに。
だけど寝顔の恋人でも十分だと思いつつ、目覚めた彼女が名前を呼んでくれる幸福も捨てがたい。
欲張りになってしまった。
だって君が、どこまでも俺を許してくれるから。甘やかして、くれるから。
俺の隣を、選んでくれたから。
「すごい霧…」
2人で窓辺に近づくと、隣から感嘆したような声が聞こえた。
「真っ白…世界中で2人きり、みたいですね」
俺を見て微笑む彼女の手を取って、指先に口付ける。
そうなりたくて、ここを選んだと言ったら、君はどう思うかな。
ただの恋人同士。どこにでもいるような、彼と彼女。
俺と彼女を結ぶそんな簡単な、だけどいつも身を置いている場所ではとても使えそうにない、
そんな関係だけを抜き出したくて、ここに来たんだ。
華やかな世界から君を連れ出して、誰の目も気にしなくて良い、そんな場所で
君を独り占め、したくて。
「2人きりだよ。世界が終わっても、ずっと…」
聞こえるか聞こえないか、そんな小さな声で呟いた。
気障なことを言ってる自覚くらい、俺にも少しはある。
でもできることなら、世界の終わりが来ても、君と2人でいたい。
やっと逢えたんだから、ずっと一緒にいたいと思う。
彼女のことになるとそんなことばかり考えている自分が、多分嫌いじゃない。
彼女がいなければ、彼女に出逢えなければ、見つからなかった自分。
そういう自分でいられることが、本当に、幸せだから。
とりあえず、今日は、何をしようか。
そう思いながら、彼女のことをぎゅっと抱きしめた。
秋の空気が、気持ち良い。
2008/11/30 OUT