麦酒 -KYOKO

From -PatiPati's Thanks TEXTS -SERIES*PIECES OF 12 SEASONS

プルタブを開けると微かに聞こえる空気が漏れる音。
夜が明けてからそんなに経っていない上に、漂う周りの空気が爽やかなこともあって、
少しだけ不似合いな響きのするその飲み物に、そっと口をつけた。
お行儀悪いかな。
グラスに移さないで缶から直接飲んじゃうなんて。
ううん、それよりもっと今が何時なのかを気にしたほうがいいのかもね。

「あてつけ、なんかじゃないからね、大丈夫」

隣で静かに眠る恋人に、小さく語りかけた。
だけどぐっすり眠り込んでいる彼に私のそんな呟きは多分届いてない。
敦賀さん、昨夜遅かったからもう少し起こさないでおこう。
眠っているこの人の隣にいるのは、自分だけの特権のような気がしてとても幸せになれる。
特権と言うか…無防備な姿をしている時にも、そばにいさせてもらえるのが、ただ、嬉しい。
そばにいる為の理由が何もいらないっていうことが、本当に。

敦賀さんと恋人でいることは、誰かに見せ付けたいからでもなんでもない。
誰でもない私が、この人のことが好きでどうしようもなくて、
世界で一番、自分よりも誰よりも大切な人で、そんな敦賀さんのそばにいたいからっていうことだけ。
でも、世の中は結局そんな純粋な気持ちだけで回っているわけじゃない。

私と敦賀さんは同じ芸能界という世界でお仕事をしている、言わば同業者で
もちろん人気・実力にもまだ差があるし、外から見ている人にすれば多分、釣り合わないって
一刀両断されちゃって終わりなんじゃないかと思ってた。
多分…今も本当はそうなんじゃないかと、時々思ったりするのだけど。
敦賀さんには決して言わない、気持ち。

でも、そんな関係に思いつめて1人悩んだこともあったけれど、
本当は違うんじゃないかって気づいた。
お仕事をしている私が私のすべてじゃないし、敦賀さんだってそう。
そういうこと以前に、1人の人間としての敦賀さんをとても好きで、私の持つその想いが
外から入ってくるいろいろなものに惑わされたりしたくない、惑わされたりしない気持ちだって
改めて思い知ったから。
少しずつ、ゆっくりと、そんな風にして自分の気持ちと外での立ち位置を両立させてきた。

だからこそ、こうして何もない素の状態で一緒にいることが、私にとってはとても大事。
それはね、敦賀さんが眠っていようと何していようと関係ないの。
当たり前に名前を呼べたり、いつでもキスすることができたり、抱き合ってぴったりくっついてたり…
あなたの寝顔をこうして見つめながら、自分の心の中を覗いて、素直な気持ちと向き合ったり。

昨夜は…そう、昨夜は私がここに着いた時には敦賀さんはまだ帰っていなくて
1人でその帰りを待ってた。
もともと、遅くなるってことは知ってたし、理由も聞いていたから寂しいなんて思わなくて
いつものように1人で食事をして、敦賀さんのためにお夜食を作って
テレビを見ながらソファでうとうとしてた。
気づいたら帰ってきた敦賀さんが私をそっと起こしてくれてるところで、
敦賀さんはタバコと香水の匂いをさせてて、声が少しかすれてて、そんなところに妙にドキドキしちゃったっけ。

酔ってます?って聞いたら、大丈夫だとは言ってたけど、顔をよく見てみたらほんの少しだけ赤かった。
どうやって帰ってきたんだろう、なんて思いながらキスをせがむと驚いたような顔をして。
ああ、お酒を飲んだら敦賀さんこんな風になるんだ、って、今まで見たことがないわけじゃないのに
そんなことばかりが気になって、もっとよく見たいなって、思ったのにいつの間にか眠ってた。
私が。

私ね、敦賀さん。お酒が飲めるようになったらあなたと一緒に飲んでみたいな、ってずっと思ってた。
やっと飲んでもいい年齢になって、何度か一緒にお酒を飲んだけれど、
いつも私のほうが先に酔ってしまって、敦賀さんがお酒を飲んだらどうなるかなんて、
気にする余裕もあんまりなかったから、なんだか昨夜のあなたがとっても新鮮に思えたの。

お付き合いして結構経つけれど、そんな風に思えることが今でもたくさんあって、本当に不思議。
時間が流れていく中で変わっていくことなんて数え切れないくらいあるはずだから、
きっと、敦賀さんのことを完璧に理解する日なんて永遠に来ないんだろうなって思う。
だけど、それは悲しいことでもなんでもなくて、逆にドキドキワクワクする。
ひとつずつ見つけて、宝物のように大事にして、そんなことができるくらいの距離にいたい。

「おはよう…」
「お、はようございます…」

眠っている敦賀さんの隣にいると、ついいろんなことを考えてしまう。
1人でいるときに敦賀さんへの想いを再確認するのと同じようなことだろうけれど、
2人になった途端に、敦賀さんのことをいろいろ考えてたってこと自体がちょっぴり照れくさかったりする。
敦賀さんは少し挙動不審な私にすぐ気がついて、結局白状させられちゃうから。

「ビール、飲んでるんだ?」
「ん、朝からお行儀悪いですよね」
「そんなことはないけど…珍しいね」
「一緒に飲みませんか?…昨夜、飲みすぎちゃいました?」

突然そんなことを言い出した私に敦賀さんは、大丈夫、と笑って、私の差し出した缶ビールを手に取った。
身体を起こした敦賀さんにもたれかかってみる。

敦賀さんが酔っ払ったところを見たいのなら、ビールなんかより洋酒のほうがずっと効果的だと思う。
だって…敦賀さんのほうがお酒に強いのに私が先に飲み始めちゃってたら話にならないわよね?
昨夜敦賀さんと一緒だった人たちにヤキモチ妬いてるのかな。
負けたくなくて次の日の朝、無理矢理飲ませるなんて…どこまで独占欲の塊なんだろう私。

ううん…酔っ払った敦賀さんを見たいんじゃなくて…同じもの、一緒に飲みたかっただけなのかも。
一緒にお酒を飲むなんてこと、滅多にないし、夜は帰らなくちゃいけないから飲めないし、
ここにお泊まりする日の夜だって、昨夜みたいにすれ違っちゃうことも多いし。
どこにいるかもわかってるんだし寂しくない、なんて言いながら、昨夜はやっぱり寂しかったのかな、きっと。
アルコールが入ると本音が出ちゃうって、結構当たってるみたい…。

「寝ても良いんだよ?」

敦賀さんが私の頭の上でくすくすと笑ってる。
ダメよ、今日は1日ずっと一緒にいるんだって…いろんなことしようって思ってるんだから…



2008/05/25 OUT
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