MELLOW AFTERNOON -KYOKO

From -PatiPati's Thanks TEXTS -SERIES*SCENE OF CUTIE DAYS HAPPINESS

仕事で何かにつまづいてしまった時、以前よりも、弱くなってしまった自分に気付く。
大したことじゃない。
そう思うのと裏腹に、少しだけメンタルがめり込んでしまった。
多分、人が聞いたら、なんだそんなことって思うんじゃないかな。
だけど、私を凹ませるには十分だった。
明日からまたがんばろうと決意をする一方では、それを引きずってる私も、いて。

もどかしい。
私は、敦賀さんと恋人同士。
ふたりでいる時には、ひとりの人間同士として対等に向き合っているはずなんだけど、
一方で彼は私よりもキャリアのある役者さんでも、ある。
この仕事をがんばっていこうと決めたのも、みんなみんな敦賀さんがいたからなの。
最初は、私をいいように翻弄してくれたあの人をぎゃふんと言わせたいって。
それから、敦賀さんの近くにいるようになって、仕事に対する姿勢を学んで
追いつきたいって思うようになった。今でもすごく、尊敬してるの。
同じ土俵に立っているわけではないし、アドバイスをもらうこともある。
意見を聞いたりすることだって、ある。
でも、愚痴を聞いてもらって慰めてもらいたくは、ないの…。
それが私にとって真剣なものであればあるほど、自分で解決しなきゃいけないんだって。
この仕事をやっていくと決めたのは私。がんばるのも私。
何もかもを敦賀さんに頼ってしまいたくは、ないの。

いつもそう思うのに、声を聞いた途端、ホッとして、いろんな思いが心を廻って
ちょっぴり涙が出てきてしまった昨日の夜。
表では悟られまいと必死。
上手く取り繕えたと思っていたのに、
電話の向こうから聞こえる敦賀さんの声は明らかにその前と後では違ってた。
伝わっちゃったかな…伝わっちゃったよね。

まだまだね。
心配させたくないのに、いつも笑ってる姿だけを見ていて欲しいのに
敦賀さんの声を聞いたら、姿を見たら、直接触れたりなんかしたら、もうどうにもならない。
慰めて欲しいとか、なんとかして欲しいって思うわけじゃない。
私にはあなたがいるんだって思いたいだけなのに、もたらされる効果はいつだってそれ以上。
自分で思う以上に、敦賀さんが支えになってくれてるんだって、改めて気付く。
頭、固いのかな、私。
だけど、自分できちんと立つことができなきゃ、敦賀さんの隣にはいられない。
いちゃいけないんだ。釣り合える自分でいたい。
ずっと一緒にいたいって思ってもらえる自分でいたい。
すう…と深呼吸をしてから、ドアノブに、手をかける。

「来ちゃった…」

鍵を外してそっと中に入った。
仕事が上がってすぐに私が向かったのは、敦賀さんのお部屋。
昼間にこのお部屋にいることは滅多にないから、なんだかすごく新鮮な気分。
それに、敦賀さんの匂いがする…。
玄関で靴を脱ぎ、廊下を走ってリビングのソファに飛び込んだ。

「敦賀さん…」

目を閉じて、愛しい人の名前を呼ぶ。
ここにはいないのに、このお部屋に漂う空気がとてもあたたかくて…柔らかくて、
まるで敦賀さんに抱きしめられてるみたい。
さっきからなんだかんだと理屈をこねていた自分が、とてもちっぽけなものに思える。
どう言ってみたところで、私は敦賀さんが大好き。それだけ、なのにね。

ここに来たのはきっと、「最上キョーコ」に戻りたかったから。
ひとりの女の子として、大好きな恋人のことを想いたかったから…かな。
自分に自信がなくなっちゃったとき、いろいろ考えすぎて頭がパニックを起こしそうになったとき、
いつだって、このお部屋の空気がそっと私を包み込んでくれる。
素直に身を任せているうちに、心がフラットな状態に戻れる気がするの。

もう少ししたら、敦賀さんにメールを送ろう。
きっと心配してる。
声を聞くのは、夜、本物に逢えてからでもいい。
お楽しみは、後にとっておかなくちゃね。
それから、お洗濯とかお掃除とか、あと、晩御飯の用意もしておこう。
そうやって過ごすだけできっといつもの私に戻れるよね。

ソファに置いてあるブランケットとクッションを抱きしめただけで、
いつも敦賀さんと過ごすところに戻ってきただけで、もう7割くらい復活してるんだもの。

夜に逢えたら、どうしよう。
敦賀さんに、心配かけてごめんなさいって心の中で謝って、ぎゅーってしてもらおう。
きっといつもみたいに優しく抱きしめてくれる。
それから、私の用意した食事を食べる敦賀さんを眺めて、膝の上に乗せてもらって、それからそれから…
あ、そうだ。帰ってきたら、おかえりなさいのキスも、しなくちゃ。

「ふああ…」

あれこれ考えてると、あくびまで出てきちゃった。
ここんとこ、朝早い現場が続いてたから…寝不足なのかな。
せっかく今日は早く上がれたんだもの。
敦賀さんのベッドでお昼寝も、しちゃおうかな…。

そうだ、メール、しなきゃ。
だけど…今お部屋にいます、なんてありきたりでおもしろくないよね。
携帯電話を取り出してしばらく考えていたけど、
あることを思いついた私は、ソファの上から飛び降りて、バスルームに向かった。
置かせてもらっている化粧品の中からオデットを取り出して、バスタブの淵に載せる。
うん、いい感じ。
バスルームの照明をつけてから、携帯電話のカメラでバスタブとオデットを撮った。
それを添付して、敦賀さんにメールを送信。

今、どこにいるのかははっきり書かないで、
ヒントは添付した写真と、なぞかけの文面だけの、メッセージ。

なぞなぞ。わかるかな?
敦賀さんだもの、すぐにわかるよね。
早く逢いたいな…夜が楽しみ。
単純な自分に笑いながら、心の中の敦賀さんにそっと呟いた。

早く…帰ってきてね。


2006/10/29 OUT
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