優しい嘘

From -OTHERS

数日振りに帰る家。
毎日電話もして、メールもして、なるべく繋がっていたつもりだけど、
やっぱり動いてる君が目の前にいるのとでは全然違うね。

「おかえりなさいっ」

寂しかった?
飛び込んでくる彼女にそう聞きたいのを抑えて、おかえりなさいのキスをもらう。
離れていたことで知らないうちに少し乾いてたらしい心のどこかが満たされていく気がする。

「ただいま、キョーコ」

逢いたかったよ。パジャマ姿の彼女に微笑む。

「今ね、ちょうどテレビ見てたの。お風呂入る?私もう入っちゃったけど」
「いや、先にコーヒー飲もうかな」

風呂に入る前に、もう少し彼女にくっついて充電させてもらわないと。
隣を歩く彼女にそう答えて、リビングに荷物を置いた後キッチンに向かう。
やかんを火にかけてから戸棚の中にあるコーヒーの瓶を手に取ると
中身がほとんどないことを思い出した。
そうだ、出かける前に飲んで、その時にもうほとんど空にしてしまっていたっけ。
彼女にそう言うのを忘れてた。
いつも気付いて買っておいてくれてたけど、彼女も忙しかったんだろう。
2人で暮らしてるんだから、自分でできる事はなんでもやらないと。

今日は紅茶にして、それから彼女にも入れて2人で飲むことにしよう。

「はい、お茶。キョーコにも」
「わあ、ありがとう…あれ?これ紅茶だけど…敦賀さんも紅茶?」

彼女の隣に腰掛けてマグカップを渡すと、不思議そうに問いかけてくる。
そう、紅茶だよ。
同じ飲み物。
別に、コーヒーじゃなくたっていいんだ。

「そう、たまには紅茶もいいかなと思って」
「あ、そうだ。私、今日現場でお菓子もらってきたの。ちょっと遅いけど、食べちゃっていいよね?」
「うん」

コーヒーが切れていることは内緒にしておいた。
そんなの別に何だっていい。
2人で同じものを飲んで、同じお菓子を食べて。
そんなことが、眩暈がするほどに幸せだ。
彼女はと言えばカバンから取り出したお菓子を並べて楽しそうに説明している。
そんな姿を見ながらぼんやりと思った。

君は嘘をついた俺に少し怒るかもしれないね。
だけど…そういうつもりでついた嘘じゃないことは、わかってくれるはずだから。
そんな些細なことよりもずっと、君と過ごせる時間が大切。
コーヒーは明日、俺が買ってくるから、そうしたらまた2人で一緒に飲もう?

「ねえねえ敦賀さん、これすっごく美味しい!食べてみて?」
「…本当だ」

そうだね…君の次に、美味しいかな。

あぁ、そうだ。明日は、コーヒーと一緒に食べるお菓子も、買ってこよう。
君との生活の中には、たくさんの幸せと楽しみが詰まってる。
明日も君が幸せであるように。
そして、その隣に自分が居られることを、そっと願った。

*

今朝は私よりも敦賀さんが早く家を出た。
昨日まで敦賀さんは何日か留守にしてたから、行ってらっしゃいのキスもなんだか久しぶりで、
その分少しだけいつもより長かったかな。
普通、行ってらっしゃいのキスって、あんなに長いことしたりしないよね。
私たちのそれはなんだかまるで好きって伝え合うみたいなキスと同じ。
もちろんいつでも好き、って思ってる…んだけど。
いつまでも、顔の火照りが取れない。また…からかわれてしまいそう。

今日はそんなに遅くならないと思うよ、って言ってたから
昨夜みたいにまた2人でお茶飲んだりできるかな。
そう思いながら朝食の片付けをしていたら、冷蔵庫の中身が少なくなっていたのを思い出した。
いけない。
宅配の注文をそろそろ出さなきゃ、ごはん作れなくなっちゃう。
買い物に行って持って帰れる分は私が買ってもいいけど、重たいものは頼まなきゃ。

注文書を片手に冷蔵庫や戸棚の中身を調べていたら、ふと、コーヒーの瓶に目が留まる。
あ、れ?
取り出して見てみる…までもなくて、からっぽ。

「…嘘、なくなってる…」

コーヒー、なくなってたんだ。
それで昨夜敦賀さん紅茶なんか飲んで…気付かなかった。
ヘンだな、って思ったけど、敦賀さんは時々紅茶も飲むから全然わからなかった。
たまにはいいかなって…なかったから、だったんだ。

敦賀さんがしばらくいなくて、私も飲んでなくて、それで気付かなかったんだ…。
なくなってるのを気付かなかったことを私が気にしないように、って、嘘付いたのかな。
敦賀さんらしいな…。
私の為に敦賀さんがつく嘘は、世界で一番優しい嘘、かもしれない。
普段は何も言わないで、いつもさりげなくフォローしてくれて。
だからちゃんと2人で生活してるんだ、って…思える。
お互いの足りないところを補って、
何もかも1人で抱え込まなくてもいいんだ、って。
ここは、私と敦賀さん、2人が暮らす、家。

でも私はやっぱり敦賀さんにできるだけのことをしてあげたいな。
だって私、敦賀さんの奥さんなんだもん。
だからごめんね、敦賀さん。
今度はちゃんと切らさないようにしておくから、時々抜けちゃう私を、こっそり見守っててね。

それから…このことは私も内緒にしていよう。
コーヒーを買ってきたら、今夜は私が2人分のコーヒーを入れるから、
そしたら昨夜みたいに2人でお茶しようね。何か、美味しいお菓子も買ってこよう。
うふふ…夜が待ち遠しいな…。

さっき別れたばっかりなのに、夜になればまた逢えるのに、同じ家に帰ってくるのに…早く敦賀さんに逢いたい。
行ってらっしゃいのキスを長めに欲しがる敦賀さんのこと、何も言えないな。
そんな気分でドアを閉めた。

行ってきます。今日もお仕事、がんばろう。
そして夜に逢えたら、敦賀さんにぎゅーって、してもらおう。



2006/03/31 OUT
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