天体観測 -REN

From -OHTERS

浴衣の裾が足に触れる。
すでにそういうことを済ませた後だから、自分が身に着けているそれ、ではない。
どちらのものかもあやふやで、触れているのが本当に裾なのかも実はわかっていない。
もっと言うと、今が一体何時なのか、そういうことを始めてからどのくらい経つのかも。

「う……ん」

隣でうつらうつらしている彼女の頬を指でなでてみる。
くすぐったそうにして、それでも目は閉じたまま。
さっきの嵐のことを考えると、若干無理をさせたかなと反省はするものの、
なんというか、こういう非日常になるとどこかふわふわした気持ちが
リミッターを外させてしまうらしい。
無理矢理、ではないにしろ、ずいぶん激しくしてしまったみたいだ。
…みたいだ、というとどこか他人事のようではあるけれど。

「んん…」

身体を起こして、もういちど彼女の上に覆いかぶさる。
体重はかけないように自分を腕で支えて、唇に触れた。
ゆっくり、だけど濃厚に互いを愛撫する。
キスのためだけにただ時間をかけていると、
畳に投げ出されていた彼女の腕が俺の背中に回された。
このまま始めるのもいいかもな、なんて思いながら
それでも彼女の身体に思いとは裏腹に明確な意思で触れていく。
いいかもな、ではなくて、ちゃんと始めるために。

「ん、ん…っ…敦賀さん…っ」

何を、と言いかけた唇をふさぐ。何を、なんてわかってるくせに。
言葉以外で伝えようとして、瞳をじっと見つめると、観念したように彼女が目を伏せた。
セックスの時に少し意地悪なこともしたくなるのは、どうしてなんだろう。
可愛いものをいじめたくなる、というような簡単なものではないと思いたいけど、
戸惑ったり、恥ずかしそうに耐えてみせるのがたまらない。
あとは…自分と彼女との距離を測るため。

胸の尖りを唇に含んで、もう片方の手を下に伸ばす。
始めたときに俺を難なく飲み込めるくらい慣らしてあったし、
実際さっきまでは繋がっていたところだから、あっさりと指を受け入れてくれた。
口ではダメ、だといいながら次第に熱を帯びていく吐息や身体が、
こっちの気分も高揚させてくれて楽しい。

自宅以外でこういうことをするのは久しぶりで、それだけでも少し気分が違うけれど
なんというか、ここだと本当に2人きり、な気がして
気持ちが全部彼女に向いていってる感じだ。
改めて向かいあうことで気持ちがすごくピュアになるのがわかるし、
ずっと触れていたいし、正直に欲しいと思う。
物理的な限界のギリギリまで近づくために、身体を繋げたくて仕方なくなる。
リフレッシュという名目の旅行なはずが、
彼女にはリフレッシュになっているかどうかわからないけれど。
ああ…そうだとしたら俺のせいだ。
うん、ごめん。
いつになってもこんなに、君のことが好きで、欲しくて。

「ん…あっ…ん……ね、敦賀さん、も…っ」
「ん?」
「も、いれ…て……?」
「んー…何、を…?」

自分もいれたいのを我慢して、彼女にそう訊ねてみる。
途端に、ただでさえ紅潮してるだろう頬がぶわっと紅く染まるのが目に浮かぶようで本当に可愛い。
あー…可愛いな。
潤んだ目で見つめられて、身体の奥がズキズキする。
ただでさえ、月の光が彼女の表情をとてもよく見せてくれていて、
それに散々煽られてるっていうのに。

「イジワル…っ」
「今頃気づいた?」
「……しってるもん」

自分でいれたらいいよ、と耳元で囁いてから彼女と自分の身体を入れ替えた。
縁側に近いところでしているから、自分が仰向けになってみると月がよく見える。
その代わりに彼女の表情が少し見えづらい。
ということは、彼女には俺のことがさっきよりもよく見えるようになったってことか。

「ほら、いれてごらん?」
「んん…」

促されるままに彼女が腰をゆっくりと落としていく。
包まれる感覚に眩暈を覚えながら、それをじっくりと感じるために集中する。
すべてを収めてため息をついた彼女の、額にはりついた髪を拭うと
彼女がその手を取って嬉しそうに微笑んだ。…多分。

身体を繋げると、言葉の何倍もダイレクトに寄り添える気がする。
自分の欲望を満たしたいからそういうことを望むんだと嫌悪したこともあるけれど、
気持ち次第で行為ひとつに無限大の意味があるような、そんな風に今は思う。
互いが望んでそうするだけで、相手に気持ちを伝えるための手段にもなりうる。
単純に気持ちいいこと、そして彼女が気持ちよくなってくれることが好きだってことも、もちろんあるけれど。

「ん、あ…あん…」

それからしばらくして、彼女がゆっくりと動き出す。
どんな顔をしてるんだろうと思いながらそれを眺めて、
そして次第に駆けてくる感覚をじっくりと味わう。
2人でドライブして、会話して食事して、それからセックスをする、なんて
普段からしていることなのに、場所が変わったことで、すごく新鮮になる。
だけど手順はそう変わらないセックスが、2人でいることの普遍さ、を、逆に教えてくれているようで嬉しい。
2人でいればどこだって天国、って、こういうことなんだろうな。

*

「明日は1日ゆっくりできるね」
「だからって……今何時だかわかってるの……明日じゃなくて今日、ですよ今日」

大きめの、それでもきっとひとり用のベッドに2人で横たわると、
本当にぴったりとくっつく格好になって、普段よりも近い感じが楽しくて、
もういちど襲ってしまおうか、なんていう考えが頭をもたげてくる。
いや…だめだめ。
とりあえずリフレッシュと休養も兼ねてるから、そこは相応に休んでおかないと。
今日のせいで明日はぐったり、なんてことになってしまうと彼女にも悪いし。

「月が綺麗でしたね」
「うん。君がよく見えて楽しかった」
「楽しかった?」
「んー、嬉しかった、かな…しっかり堪能しました」
「…もう…お月様も呆れてますよきっと」

そう言いながらどこか嬉しそうに俺の頬に指をすべらせているから、
試しにそれをつかまえてみた。
少しびっくりした彼女に構うことなく、指先にキスをする。

「ずっと、こうやってのんびり2人で過ごせたらいいのにな」
「まだ早いです。もっともっといっぱいお仕事して、それで…」
「それで?」
「いつか、そういう日が来たらいいなって…」
「そうだね」

じゃあそういう日を無事に2人で迎えられるように頑張らないとね。
リタイヤするまでは、ずっとのんびり、は無理かもしれないけど
こんな風にして数日、都会からも仕事からも抜け出して
限られてはいるけれど2人きりの時間をのんびりと過ごすのは、
これからも何度となくできるだろうし、やりたい。

一緒に寝起きして、同じ仕事をして、ちょくちょくデートもしたりして、
それからときどきは旅行にも出かけて。
そうやって君との時間を少しずつ増やして、
2人の小さな歴史を創るようにして生きていきたい。

なんて、大きなこと言い過ぎたかな。
自分の欲張り加減に苦笑してから、隣でうとうとし始めた彼女の頬に唇を押し当てた。
おやすみの、キスを。

「遅くまでごめん…おやすみ」
「おやすみなさい…」
「愛してるよ」
「ん…」

おやすみ、キョーコ。
また明日。


2010/09/25 OUT
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