…こ、これじゃ本当に恋人同士、っていうか夫婦じゃない…!
オンエア前に試写で見せてもらった、ほんの数十秒の映像を前に
私は顔から火が出そうになってしまった。
だけど、一緒に見ていた事務所の人や、CMを依頼してくれたメーカーの人たちは
よかったよかった、なんて笑いながら話してる。
敦賀さんと2人で出ることになったコマーシャル。
なんと、若い夫婦っていう設定で2人きり。
しゃべったりしてる音声はほとんど出ないんだけど、
画面からは、私と敦賀さん演じるその夫婦の、ラブラブぶりが
すごくクローズアップされてるように見えた…私には。
流れとしてはすごくほのぼのしてて、いいんだけど…あることに、気付いてしまう。
もしかしたら、演じていた私しか気付いてないのかも、しれないけど。
「思った以上の仕上がりで…オンエアが楽しみです。本当にありがとうございます、敦賀君、京子さん」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます…」
出来上がったばかりのまだオンエア前の映像。
新しいモデルの車だっていうし、メーカーさんもすごく力を入れているらしいの。
だからこそ、喜んでもらったのはとても良かったけど…
なんとなく中に入れずに、その様子を敦賀さんと一緒に少し引いたところで見ていたら、
何度も打ち合わせをしたり、撮影に立ち会ってくれたメーカーの広報担当の人がやってきて大絶賛。
しまいには同席していた専務さん達なんかのお偉いさん方にも握手を求められた。
うう、私も何とかお礼を言って笑って握手を返したけれど、つっ…敦賀さんの顔が見られない…。
ほんと、このコマーシャル自体はすごく爽やかでいいイメージだし、
よくできた短いドラマ仕立てで、しかも敦賀さんはすごく格好いい、というか
いつものイメージとはまた違って、これはこれで反響を呼びそう。
なんだけど…わ、私の方は…これって…
「ご機嫌ななめみたいだね」
「ひゃああっ」
ビックリしたあ…って、あんまり至近距離で覗きこまないでくださいってば!
ひ、人前なのに…。
「……………なんで…」
いきなり覗き込まれてビックリした私が思わず、素っ頓狂な声をあげて後ずさりすると
敦賀さんの周りの温度がスウ…と冷たくなり、なんだか表情が厳しくなっていく。
ひっ…よ、夜の…じゃない、大魔王…ああっ、あのっ、違うの、違うんです…っ
「す、すみませんっ、私、あの、えっと…」
「大丈夫だよ」
「へ?」
「少し抜け出そうか」
うっかり怯えてしまった私の顔を見て、少し吹きだしながら敦賀さんがそう言った。
有無を言わさず、手を取られるままに、こっそりと2人でその場を抜け出す。
すぐ近くの空いていた応接室に私を連れ込んだ後、
敦賀さんが、携帯電話で社さんに適当に事情を説明してる。
あーあ…いいのかな…勝手に出てきちゃって。
困らせてなきゃ、いいけど…困ってるに違いないんだけど。
「笑って欲しいんだけどな、さっきの映像の中みたいに」
通話を終えた敦賀さんが、電話をポケットにしまいながら私に向かって言う。
その笑顔はいつもの敦賀さんの笑顔で、さっきのは演技だったんだと改めて気付いた私も
バツが悪くなりながらもぎこちなく敦賀さんに笑ってみせる。
おいで、と伸ばされた手につかまって、ふわりとその胸に飛び込んだ。
「何かあった?」
「…ううん、何もないです」
「CMのこと?…俺はあの出来で嬉しかったんだけど、キョーコは違ったの?」
「うっ、ううん、私もすごく…嬉しかったです」
「じゃあ…眉間に皺寄せてたのは何でかな」
うっ…なんで、なんでこの人はこんなに目ざとい、いやいや、もとい、鋭いのかしら…。
だけど、それは今に始まったことじゃないし、ごまかしたってたかが知れてる。
どうせ黙ってたってやんわりと追いつめられて白状することになるし、と、
私は、少しだけおもりの付いた口を開く決心を固めた。
「だ、だって…は、恥ずかしかったんだもん…」
「え?」
「あれ、ほとんど演技じゃないですもん…私、も、ほんとに素で敦賀さんのこと好きだなあって思いながら、腕につかまったり、して…もうモロバレですよ…っ、誰が見てもわかります、あれじゃ…」
「うん」
すごく恥ずかしいことを言ったはずなのに、見上げた敦賀さんは嬉しそうに笑ってる。
な、なんでそこで笑うの…
あの中にいたのは、明らかに「最上キョーコ」だったのに。
しかも、それに気付いたのはさっき、完成したものを見てからだったのに。
コマーシャルで、なるべく自然にってお願いされたからだったのかもしれないけど
それにしても、演技よりも…演技にさえなってなかったみたいな感じ、だった…のに。
「…怒らないの?」
「どうして?」
「どうしてって…」
「んー…、どうして怒ると思うの?」
「役者失格とか、バレちゃうとか…思わない?」
「そういう演技をしたと、みんなが思ってるから…大丈夫だよ」
「そ、それに…敦賀さんといるときの私、いっつもあんな風なのかと思っちゃったらもう、は、恥ずかしくて…」
普段は意識してない、「恋する女の子」な自分を見せつけられたみたいで本当に恥ずかしかった。
テレビの中の幸せそうな顔、はっきりと「敦賀さんが好き」って書いてあるんだもの。
ラブラブな夫婦で爽やかに、っていうコンセプトは果たせたと思うけど
そのリアルさも、本当はこういう関係だってことを誰も知らないからこそ…褒めるのであって
もし、知ってたら…あぁあ考えたくない…。
「そうかな、ちゃんと”違った”と思うよ」
「え?」
「本当に…夫婦だったら、きっとこんな風なんだろうな、と俺は思ったけど」
「そう…なのかな…自信ないです…けど」
「大丈夫。俺から見てもすごく自然で良かった。みんな褒めてただろう?それに、君も演技には定評があるしね。ちゃんと騙されてくれるよ」
ドアの前から、室内に備えてあるソファの前に移動した。
促されるままに、いつもみたいに座って向かい合う。
改めて敦賀さんが私に向かって微笑んで、頬を手のひらで包み込む。
「俺も言われたんだ、社さんに」
「…なんて?」
「ここぞとばかりに幸せそうな顔しやがって…あれが素だって知れたらどうするんだ、だって」
「え…そ、そんな顔してた?」
「うん、そうみたいだね。おあいこだよ」
「そうなんだ…」
「現場でずっと一緒にいられるなんて最高だった。しかも”夫婦役”で……続編、撮らないかな」
「気が早いですよ…」
気付かなかった。
とにかく自分の表情とか醸し出す雰囲気が恥ずかしいってそれだけが気になっちゃって…
なんて言ったら、敦賀さんには失礼なんだけど、もうそんな暇ないくらいテンパってたんだもの。
でも…そうだったんだ…
って!それじゃ余計にただラブラブ垂れ流してるだけなんじゃ…
「それに、共演のコマーシャルなんてなかなかないだろうから少しくらいは大目に見てもらおう」
「いいのかな…」
「いいんだよ、だから…機嫌直してくれる?」
敦賀さんがそう言いながら私にキスをした。
少しずつ、伺うように進めてくるのに合わせて、
私も敦賀さんの首に手を回してそれに応じる。
ただもう、恥ずかしかっただけで、機嫌なんて最初から悪くないのに。
あのCM、きっとしばらくはまともに見られないんだろうな…なんて思う。
平常心で見られるようになった頃には、オンエア期間が終わってたりして。
まるでプライベートフィルムみたいな私と敦賀さんが写ってる、映像。
演技半分、本気半分だったのは、当分は2人だけの秘密。
見た人が何て思うか考えたら…や、もう…考えるのやめよう。
だけど…キスをしながら、いつか本当にあんな風になれたらな…って、
こっそりだけど思っちゃったのは…敦賀さんにはまだ内緒。
そのときには、微笑ましく見ることができるのかな…?
ふたり、でね。
2006/09/12 OUT