こうしていると、いつもの慌しさが嘘のようだ。
暖房が効いている室内は、外の寒さとは無縁で
そんな暖かな空気の中でテレビを見たり、食事をしたり
そしてちょっと早めに入浴を済ませてからは、
愛しい恋人と2人でゆっくりと時間を過ごしている。
まるでこれが年末年始の正しい過ごし方だとでもいうかのように。
今日は彼女の帰る時間を考えなくてもいい。
おせち料理を持たせてもらったと嬉しそうにやってきた彼女を
年をまたいで独り占めできる。
そんな年越しと、お正月。
まあ、お正月なんて今までなら特に気にも留めずに過ごしていたし
それこそ、社長の家に挨拶に行く程度ですぐに忙しい毎日へと帰っていた。
仕事をしているうちに季節は移り変わっていく。
彼女と過ごすようになってからの流れていく一瞬のすべてが宝物で
何気ない日々の数々の出来事がとても楽しい想いで彩られている。
付き合い始めた記念日や、お互いの誕生日、クリスマスやバレンタイン、
世間でいうところの恋人としての記念日や行事もみんな宝物になった。
以前はなんていうことのない日が、1年を通して彼女と過ごす季節そのものが
何物にも代えがたい時間になっていくんだ。
俺を取り巻く世界が実はこんなに鮮やかだったんだと、
彼女は彼女自身でそう教えてくれた。
君の住む鮮やかな世界、何もかもが愛しい。
本当の宝物は君自身、なんだけどね。
だから、こうやって大晦日と元旦を一緒に過ごせるというのはとても嬉しい。
大多数の人は家族と過ごすという、年末年始。
今年は誰よりも大切な君と。
来年も…この先「ふたり」でいられるうちは、ずっと君と過ごしたい。
やがて俺と君が「家族」になって…その先もきっと。
「私、おそば茹でてきますね」
もうすぐ日付が変わる。
彼女がそう言ってキッチンへ向かった。
新しい年を迎える瞬間には君といたい。
初めてそう願った、その願いが叶いそうだ。
だけど、人間は欲張りだというだろう?
俺も君を手に入れてからずいぶんと欲張りになったと自覚してる。
彼女が誰かに捧げるだろう想いを自分に欲しいと望み、
それが叶ったと思えばすぐに、それを独占したくなり、
そして心だけでは足りなくなり、彼女の全てを欲しがり
滾る想いを隅々まで注ぎ込んで自分だけの印を彼女に刻み…
そしてその未来をも。
少しだけ遠い未来に交わす約束を、その永遠を願ってやまない。
だけど、君の何もかもを強引に奪うことはできない。
君の全てに触れる時、君がもたらしてくれるあの清廉で純粋な空気、
そして君のあたたかな想いで確かに癒されていくように
君にとっての俺もそう、ありたいんだ。
とりあえず今日の望みは…君と一緒にいること。
それは叶う。もうすぐね。
もうひとつ…いや、あとふたつ、かな。
君の奥まで触れることができるのは自分だけなんだと
新しい年の初めに確認したい。
君の熱で身体を満たしたい。
そして、君が新年に最初に口にする言葉。
それが、俺の名前でありますように、と。
いつも君が俺の名前を呼ぶ時、俺がどんなに幸せになれるか知らないだろう?
君が名前を読んでくれることで、
君の世界の中にはちゃんと俺の居場所があると、教えてもらえるんだ。
子供っぽい願いでも、独占欲でもいい。
俺も君の名前を呼ぶから、君も俺を呼んで…
そうして一晩中、他の誰とでもない俺たち2人で互いに見つめ合っていよう。
「これを食べたら来年も元気に過ごせるんですよ。
ちょっとでいいから一緒に食べてくださいね」
そう言いながら、湯気をたてているどんぶりを2つ抱えて彼女がリビングにやってくる。
夕食に彼女の持ってきたおせち料理を少しずつ食べたときにも
そのひとつずつにきちんと意味があるのだと楽しそうに教えてくれた。
誰かに何かを期待することは、多分今まであまりなかったけれど、
こんな時には思わず期待してしまう。
例えば、こうやって彼女が過ごす全ての時、特別な時もそうでない時にも、
その隣には自分がいられるように、だとか、すべてが恋人に関するものなのだけど。
そういう自分がまた、おかしくもあり、そして少しだけ愛しく思う。
日常のささやかな願いから、未来の永遠を誓う、そんな一生モノの望みまで
俺はきっと少しずつ、君やその言葉に期待してみながら過ごしていくんだろう。
そうであって欲しい。
そうで、ありますように。
除夜の鐘がテレビの向こうで響く。
表示されている時刻は、11:57。
キッチンへ食器を下げて戻ってきた彼女を抱き上げた。
少しだけ驚いてる表情を浮かべている頬を撫でる。
この先もずっと一緒にいられますように。
そんな願いを込めて、手で触れた頬に、唇を寄せた。
反対の頬をゆるゆると撫でていると、彼女の手がためらいがちに俺の手を掴む。
指を絡めて手の動きを封じてから、そのまま唇を耳元へ移動させた。
耳を少しだけ舐めて、柔らかな耳朶に弱く噛み付く。
微かに震えた身体を抱きしめて、それから、耳から戻した唇で彼女にそっと触れた。
これまでを辿るように、触れるだけのキスからゆっくりとその先へと進めていく。
日付が変わり、テレビからは新年の挨拶が聞こえてきた。
それを遠くに聞いて、ゆっくりと濃厚なキスを続けながらもう一度、願い事を呟く。
たくさんあるけれど一番は、やっぱりこれからもこうして君と一緒に過ごすこと。
それと。
「つるがさ…」
長かったキスを終えて唇を離した直後、彼女がそう言葉を紡いだ。
自分の仕掛けた罠にはまってくれた嬉しさで、顔がニヤける。
「ん?」
「…なんでもない…」
2年越しのキス。
日付が変わって唇を離した後、俺のことを呼んでくれるように、
とびきり濃厚なものにしておいたんだ。
ほら、まるで身体を繋げている時、それだけじゃ足りなくなった君が欲しがるキス、
唇を重ねた途端に激しく舌を愛撫し合う、あんなキスだっただろう?
キスだけは濃厚なのに身体に触れなかったからなのか、
ねだるような瞳と、その奥に眠る欲望が一瞬姿を覗かせた。
はいはい…もちろんあれだけじゃないから安心して?
我慢できなくなりそうなのは俺も同じだから。
彼女が目を閉じた隙にもう一度キスをする。
それからその身体を抱き上げてベッドルームに向かった。
もっともっと呼んで。欲しがって。
君のして欲しいことならなんでもしてあげるから。
年が変わって一番初めに聞きたいのは、君が俺の名前を象る可愛い声。
そして…俺を求めて甲高く啼く君が繰り返し求める、俺を呼ぶ声。
2007/01/01 OUT