なつよい 4 -REN

From -OTHERS

カーテンを閉めるのも忘れていたらしい。
まぶたの裏にまばゆい光がふりそそぎ、目を開けるまでもなく朝になったことに気付いた。
昨夜、花火を見に来たまま、社長の家に泊まりこんでしまったのは、改めて思い出す必要のない事実。
そんな気はなかったといいながら、ずいぶんなことをしてしまったっけ…。
それはそれで、楽しかったし…キョーコが積極的なのも嬉しかったし、まあ良しとしよう。
何より、家主公認だったからね。
花火大会と浴衣で盛り上がった普通の恋人同士、でいいんじゃないかな。

それにしても、昨夜の君はすごかったね…。
場所と着ているものがいつもと少し違うだけであんなになってしまうんだ…。
浴衣を着たままで乱れる姿も、本当に綺麗で…身体もすごく淫らに反応してくれて。
こんな風に無防備に眠り込む様子からは想像できない。
みんな、君のあんな姿を見たらビックリするだろうね…
あぁ、もちろんそれを見ることは俺だけの特権なんだけど。

用意してあったバスローブを羽織ってからもう一度ベッドに戻り、
未だ眠りから覚める気配のない恋人の額に口づけをひとつ。
おはよう、と囁いた。
そろそろ起きて。
離れ離れになる時間がくるまでは、俺に君を預けてもらわないと。
名前を呼んで…キスをして抱きしめて…それ以上は無理かもしれないけど
時間が許す限りは、俺のそばにいてくれるだろう?

「キョーコ起きて、朝だよ」

俺の声に反応したのか、もぞもぞと動くその身体に、そっと手を添えた。

「キョーコ…」

耳元でもう一度名前を呼ぶ。
眠りの世界から引き戻すように身体を撫でていると、こちら側に戻ってきてくれたようで、
そろそろと目を開けてから、身体を目覚めさせるためなのか、両手で目を少しこすりながら欠伸をひとつ。

「ん…う…ん…?つるがさ…ん?」
「起きた?」
「ん…起きた…おはよう…敦賀さん」
「おはよう」

そう言いながら彼女が身体を起こすのを手助けして、そのまま腕に抱きとめた。
起き抜けでぼんやりしているのをいいことに、
髪を撫でたり、腕や背中をさすったりして身体でコミュニケーションを取っていると
次第に意識が覚醒した様子であたりを見回して、青ざめていく。

「って…もしかして、あれからずーっと、寝てたの…?ここ、社長さんのお家よね!?ど、どうしよう社長さん…」

そうかと思えば顔から火が出そうなくらいに真っ赤になって。

「あの人はみんなわかってるから大丈夫。これくらい、どうってことないよ」
「……敦賀さんはそれでいいかもしれないけど、私はどうやって顔合わせたらいいのよぅ…」

社長さんのおうちであんなことしちゃったし…と、涙目でぶつぶつ呟く彼女を抱き寄せた。
可愛くて、綺麗で、2人きりの時には限りなく淫らで…君はまるで麻薬みたいだ。
嵌ってしまったら最後。
こんな場所でだって、求めてしまわずにはいられない。
腕の中に閉じ込めた、そんな俺だけの宝物にそっと微笑んだ。
手を取って指先にキスを落とし、手の自由は奪ったまま唇で頬に触れる。

「もう敦賀さんくすぐったいです…っ…ていうか早く用意して帰らないと…ん…もう…」
「まだ早いから大丈夫、それより、おはようのキスはくれないの?」
「…さっきしたでしょう?」
「おでこと、指先とほっぺにね。だから…ここにも、して」
「ん……おはよ、敦賀さん」
「…おはよう」

昨夜から数えて何度目のキスだろう。
数え切れないくらいキスをしたと思うけど、
やっぱりこうして1日の始まりに交わすキスは特別だ。
それに…久しぶりに朝を一緒に過ごした気がする。
そう思いながら、唇を離したあと、はにかむようにそっと微笑む彼女をぎゅっと抱きしめた。
彼女に触れている部分からじわじわと、とてつもない幸福感に襲われる。

身体を離して彼女の顔を窺うと、少しだけ苦笑いの混じった顔で、
だけどさっきと同じように優しく微笑んでいた。
やっぱり、泊めてもらって良かっただろう?
そんな顔、してるよ。

「ねえ、敦賀さん」
「ん?」
「このお部屋、すっごく素敵だと思わない?」
「インテリアが?」
「うんっ、昨日初めて見た時ね、なんだかお姫様のお部屋みたいだなって」

しばらくぼんやりと抱き合っていた後、突然の彼女の言葉。
見回してみると確かに。
壁紙やファブリックは豪華な花柄、天井から下がってる照明はシャンデリア風。
調度品もそれに合うようにコーディネイトされていて、中世あたりの貴族の部屋みたいだ。
そういえば、自分の部屋以外で彼女を抱くことなんて滅多にない。
いつもは俺の部屋のベッドルームだし、あったとしてもバスルーム、キッチン、リビング。
見慣れた場所だから、こういう会話を交わしたこともないはずだ。
せいぜい、ベッドが大きい、部屋が広い、くらいで。
彼女の口から、こんな風に部屋のことをあれこれ話すのを聞くのも初めてかもしれない。
しかもとても楽しそうに。
それで君が幸せな気分になれるなら…

「じゃあ…俺の部屋もこんな感じにしようか」
「えっ?」
「そうしたら、俺は君の王子様になれるかな?」

ただの言葉遊びのつもりで問いかけた一言に驚いた風で、彼女が真っ赤に頬を染めた。
部屋を改装しようかと言ったのは本気だけど、
賛同してくれるのかと思った彼女が次に俯いて首を振る。
…遠慮なんか、しなくていいのに。

「嫌?確かにあのベッドルームは少し殺風景だしね。変えてもいいかなって思ってたんだけど」
「ん…違うの、あのお部屋はあれで十分素敵だから変えなくていいんです」
「でも君の好みじゃなさそうだ」
「あのお部屋、敦賀さんみたいだから、そのままでいいの…」

本当に遠慮しているだけかと思って続けた言葉に返された彼女の想い。
好きとか愛してるという言葉よりも強烈な告白のようで、思いがけず赤面してしまう自分がいた。
どこに落ち着けていいのかわからず視線を泳がせていると、
消え入りそうな声で、それに…、と彼女が続ける。

「そ、そんなことしなくても、敦賀さんは私のお、王子様ですからっ…」

言ってくれたことの内容よりも、その仕草が可愛すぎて、くらくらしてしまう。
君だって…俺だけの大切なお姫様なんだよ。
どこにいたって、どんな格好をしていたって、それは変わらない。
ああ、そうか、君も…そういう風に思ってくれてるんだね。

想いを口にするよりも手っ取り早く伝えられる方法。
まだ赤いままの、彼女の頬に手を添えた。
そのままキスをしようと近づけた唇が触れかかった瞬間、
穏やかに空気が流れていた部屋に不似合いな電子音が鳴り響く。

ぎょっとする彼女の唇に指をあてて、枕元に置いてあった携帯電話に手を伸ばした。
誰からの着信かなんて、ディスプレイを見るまでもなく。
そのまま通話ボタンを押して電話を受けると、予想通りの声が「おはよう」と告げる。
不安そうな彼女に笑ってみせた。
大丈夫。

「おはようございます」
「おう、起きたか?」
「…はい」

何もかも知っていて、それで知らないふりをしてくれているような。
俺と彼女の周りにいる人達は、俺達のことをとても普通に扱ってくれている。
「そう」なることが、まるで予定調和だったかのように、それが当然のことだとでもいうように。
特別扱いも、腫れ物に触るような扱いでもなく、そして非難もなく
2人でいることを、ただ自然に認めてもらえているのはとても嬉しい。
俺と彼女の幸せは、こんな風に支えてくれる人たちの上に成り立ってる。
それはきっと、2人の努力と同じくらい、大切なことなんだ。

「朝飯と着替え運ばせるからちゃんと応対してくれよ?それと、昨夜の浴衣はプレゼントだから持って帰っていいぞ」
「泊めていただいた上にそこまで…本当にすみません…」
「気にすんな。お前達もなかなかあんな機会は持てないだろうし、それで仲良くなってくれりゃ俺はそれで十分!満足だからよ」
「…ありがとうございます」
「いいって。最上くんも楽しそうだったし、マリアも喜んでたし、これからは毎年やってもいいかもしれんな」
「それは…いいですね。彼女にもそう伝えておきます。きっと喜びますよ」
「最上くんはまだ寝てるのか?」
「いえ、起きてます」

腕の中ではらはらしながらこちらを見ているそのほっぺを指先でつついた。
とんでもないことしちゃった、って不安にかられてますから、
社長からも大丈夫だって言ってやってくださいと言いたいところをぐっと口をつぐむ。
ここで社長に代わるなんて言ったら、羞恥のあまり泡を吹いて倒れかねない。
社長もそれをわかっているのか、そのまま俺に向かって会話を続けている。

「そうか。朝から襲ったりはするなよ?…ほんとにお前らラブラブだよなあ…なんでバレないのか不思議でならんよ、まったく…」
「努力してますし、みなさんのご協力もいただいていますから」

もちろん、あなたが一番、協力してくれてるんじゃないですか。
そう返すと、電話の向こうからくすくすと笑う声が聞こえてきた。
俺の想いを理解してくれて、応援してくれて…俺と彼女のことを喜んでくれて。
時にはこんな風にサプライズもくれる。
タレント同士の恋愛がスキャンダル視されてる風潮が残る中、
どこを探したってこんなに協力的な芸能事務所の社長は他にはいませんよ?

「まぁな…。そういや、お前気付いてたか?」
「何をですか?」
「昨夜の最上くん、お前の浴衣姿にうっとりしてたぞ。お前も似たようなツラしてたから気付いてないかもしれんがな」

思いもしない社長の言葉に、驚いて彼女を見る。
俺が電話をしている途中で、いつの間にかサイドテーブルに置いてあったバスローブを纏い、
自分のに続いて俺の浴衣を嬉しそうに畳んでいる。
畳み終わったのか、それを手に取り、しばらく微笑みながら見つめているのにも気付く。
彼女の心の奥が透けて見えたような気がして、慌てて目を逸らしてしまった。
知りたいといつも願うことなのに、偶然目にしてしまうと照れくさい。
というか…自分が脱ぎ捨てたものをそんな風に扱われているのを間近で見たせいで
まるで初めて手を触れたり、口付けを交わしたりした時のように心拍数が急上昇していくのを感じた。

「…そ、それは…」
「それじゃ、見送りはできんが2人とも気をつけて帰れよ」

言葉を探しているうちに、社長がそう言って笑う。
この人も…俺をからかわせたら世界一だ…。
わかっているのに、彼女とのことを突っ込まれると上手くかわせない。

「あ…はい、ありがとうございました」
「最上くんにもよろしくな。また遊びに来るように伝えといてくれ」
「わかりました…はい、それじゃ」

電話を切った後、室内の簡単な片付けをしていた彼女の方を見やると、目が合った。
俺と社長の会話の内容を何も知らない彼女がにっこりと笑う。

わかったよ、キョーコ、昨日君が言いかけてたこと、なんとなく…
そんな風に思ってくれてたんだ…
それを恥ずかしくて言えないって、まったく君はどこまで可愛いんだろうね。
おいで、と手を振り、近づいてきたところを捕まえてベッドに引きずり込む。

「しゃ、社長さん何て?何か私のことおっしゃってた?」
「ん?浴衣はプレゼントだから持って帰りなさいって。もうすぐ着替えとご飯も来るよ」
「ほんとに?本当にそれだけ?…怪しい。敦賀さん、何か隠してませんか?」

だけど、さっきまで笑ってくれていたと思った彼女が、
真剣な顔をしてじりじりとその距離をつめながら俺に問う。
眉間に少し皺を寄せてじっと見つめるその目線、なんだかとても疑われてる気分になる。
別に嘘は言ってないよ。本当に、俺と君の仲を喜んでくれてるし
浴衣がプレゼントだっていうのもそのまま伝えたし、朝食と着替えも来るし。
だけどそれ以外の何かを答えるまでは解放してくれそうにない。
そんな、ものすごく真剣にこちらを見上げる目つきに思わず噴き出してしまって
それがますます彼女の機嫌を損ねてしまったみたいだ。
ここは…とりあえず機嫌を直しておかないと。

「本当に仲がいいね、って」
「ぃやーーーーー!それ、それどういう意味なのっ?もうどうしよう…絶対バレてる…っ」

別に社長はそんなこと、なんとも思ってないのにな…。
俺がさっきの会話から汲み取った中で、社長の気持ちを表す一言を選び出して告げると、
その言葉の裏の裏の裏の裏くらいまで一瞬にして深読みしたかのように
彼女が顔を真っ赤に染めて頭を抱えて左右に振りながら叫んだ。
だから、大丈夫だって…。

「ほんっとに!もう顔合わせられないっ…敦賀さんのバカバカバカ!!」

そんなこと言ったって…君もあんなに喘いで乱れてよがって…
自分から色っぽく腰まで振ってたじゃないか…とはさすがに言えず、
でも、昨夜のそんな彼女のとんでもなく可愛く淫らな様子を思い出して顔がニヤけてしまう。
本当に君はくせになる。記憶の中でまでも、俺を興奮させてしまうんだから。
それに、そんな風に怒ってても、
ちゃんと俺を受け入れてくれるのだって、知ってるよ?
しょげている彼女を改めて腕の中に抱きなおし、もう一度唇を塞いだ。

「美味しいご飯食べて機嫌直して…ね、ほら、もう1回。おはよう、キョーコ…」
「…もう………ぅ…ん…」

結局、朝には不似合いなほど長く繰り返し交わした甘やかで濃密なキス。
永遠に続くかのようだったその交わりを、乾いた音が申し訳なさそうに遮った。
新しい1日の始まりを思わせるように響くその音の中、
それを彼女と迎えられたことに深く感謝して、彼女からそっと離れた。

ロケーションが変わったおかげで、
思うがままに乱れる恋人の姿を十分に堪能できたし、予想外な愛の告白ももらった。
こんな「お泊まり」も、君と同様にかなりくせになりそうだ、と緩む顔を必死に繕いながら。



2006/08/31 OUT
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