なつよい 3 -KYOKO

From -OTHERS

過ぎ去った嵐を思うと、まだほのかに熱い身体。
燃え上がった身体を互いに宥めるように抱き合いながら
しばらくはぽつぽつと言葉を交わしていた敦賀さんの声が次第にゆっくり、そして静かに消えていった。
代わりに、言葉を紡いでいた唇から、すう…と空気が零れ落ちる。
長いまつげに縁どられた瞳は闇に溶けて、私の届かないところに行ってしまった。
指を伸ばして、まぶたにそっと、触れてみる。
眠っている敦賀さんを見るのはとても好き。
いつも静かに神経を尖らせている人が見せてくれる、無防備な姿。
それを手に入れることを、私だけが許されてるって思うのは…とても好き。
男の人の方が、疲れるっていうものね…。

終わった後、すぐにシャワーを浴びたり、背中を向けて煙草を吸ったり
隣の彼女のことなんか放っておく人だっているっていう話だけど
敦賀さんがそんな態度を取ったことは、一度もない。
いつも私をそっと抱きしめてくれて、落ち着くのを待っていてくれる。
それから、優しい声で、いろいろなことを話してくれる。
だから普段は、そんな声に包まれて、私の方が先に眠ってしまうことが多いの。
身体を重ねた後の気だるく他愛ない会話でさえも、
あまり2人の時間が持てない私と敦賀さんの、とても大切なコミュニケーション。

今日は、もう少しゆっくり眠っていてね。
まだ…帰らなくても、いいかな。

身体にかけられていたシーツをめくり、身体を起こすと、
とんでもない格好をしている自分に気付いた。
やだ…こんな格好で…してたの…?
上半身は浴衣が完全に脱がされて半裸。
かろうじて帯は留まっているけれど、裾もほとんどはだけてる。
下着も脱がされてて、ヘンな感じ。
なんだか苦しいと思ってたら、帯を結んだまま横になってたからなのね。

敦賀さんの方の浴衣は、あまり乱れてないみたい。
私ばっかり、こんなにめちゃくちゃになっちゃって…。
してる時もそう。私1人で声をあげちゃってて…恥ずかしいよ…。

帯を解き、身体を解放した。
触れる空気が、熱を冷ましてくれるみたい。
ベッドのすぐ傍にある姿見の前に立って、身体をそっと映してみた。
汗をかいたせいか、少し湿った浴衣の下に見える素肌を
よーく覗き込んでみたら、紅い痕が点々と散らばってる。
またこんなにキスされてたんだ…身体にも。
もう…本当に、こんなところでするつもりなんか、なかったはずなのに…。
だけど、いつもと違う場所…社長さんのお家だからっていう緊張感が、
ずっと願ってたことが叶えられたっていう高揚感に、こんなにもあっさりと飲み込まれてしまうなんて。

だけどやっぱり、今日は特別。
浴衣姿の敦賀さん、本当に眩暈がするほど素敵で、抱かれながら…うっとりしてる私がいたの。
いつもの敦賀さんと同じなのに、初めて見る人みたいでもあって。
今もそう…まるで、魔法にかかってしまったみたい。
ううん、敦賀さんにはずーっと解けない魔法をかけられてるんだけど
夏の夜と、花火と、浴衣の魔法がトッピングされた、とってもロマンチックで、強力な…魔法、かな。

いつ帰るかわからないけれど、とりあえずもう一度着付けておこう。
帯はやめておいて、伊達締めだけでも結んで。
そうすれば、少しくらい横になってても大丈夫よね。

だけど、鏡の前で着付け始めたその時。
横から何かに引っぱられるままに、ベッドに倒れこんでしまった。
何かって…何もいるわけないじゃない。
…敦賀さんの他には。

「きゃ…っ…敦賀さん?起きてたんですか?」
「…キョーコ…そういうのってさ…すごくそそられる」

手首をつかまれたまま囁かれた言葉。
敦賀さんの口調はまるで、2人でしている時のように艶と色香を帯びた、
いつもよりもずっと、身体に甘く響くもので、
さっきの熱を私に思い出させてしまう。
終わったと思ってたのに…まだ、終わってなかった…のかな。

「わぁぁっ」

痺れたように動けなくなっている私をベッドにひきずりこんで、
少しの間見つめあった後、予定されてる行為のように、2人でキスにつなぐ。
帯も何も結んでいない、ただ私が恥ずかしくてぎゅっと掴んでいるだけの
浴衣の合わせ目から、静かに敦賀さんの手が滑り込む。
さっきまで散々、刺激に耐えていた胸は、その予感を先に感じ取って
触れられた瞬間に一瞬にして身体を燃え上がらせてしまいそうなくらいの、痺れを私につれてきた。
もう、それだけで、身をよじらせてしまうほどに。
何度も何度も弄ばれて、その甘さに耐えられなくなった手が緩んだところを
逃さない敦賀さんが、私を包んでいた布をまるごと、はだけさせた。

「隠されたら、覗きたくなる…って、知ってた?…和服の君は本当に綺麗で色っぽくて…乱れさせたくなる、何度でも…」

そんなとんでもない言葉と共に、もう一度丁寧に愛撫される身体。指で、唇で。
私はもう、抵抗する力もなくて…もしかしたら抵抗する気も、ないかもしれなくて、
そんなことをぼんやり考えながら、身体に届く快感を捕まえ始めてた。
着たまましてしまった時にも思ったけれど、
何も着ていないときよりも、着衣を乱されながら抱かれるほうが…なんだか
とっても淫らなことをしてる気分にさせられちゃう。
してることは、変わらないはずなのに…。

だけどそんな私にはお構いナシに、頬から首筋、鎖骨を辿った敦賀さんの唇は、
胸に降りて、触れられる前から尖り、はしたなくそれを待つ実へ。
ちゅっと吸い上げられたかと思えば転がされて、余すもうひとつの膨らみは指でとめどなく弄ばれて
身体の奥に甘く響くその快楽にもう私は身を預けてしまうしかなく、なる。
ああ…もっと…もっと舐めて…?

「また濡れてきた…」

胸を吸われたまま、敦賀さんの指がまた私のそこを暴いていく。
しばらく前に、敦賀さんを受け入れてて、さかんに啼いていたところが
再び与えられた愛撫に、さっき以上に悦んでいるのが恥ずかしいくらいにわかる。
絶頂の記憶も新しく、少し触れられただけでも反応してしまう身体。
はだけられて、ほとんど意味を成さない浴衣が繰り返し腕に絡みつく感触。
奥からあふれる泉も…ちっとも止まらない、みたい。

敦賀さんの、欲望を奥に宿した瞳で見つめられるだけでも、身体の全てが溶け出してしまうのに…
夏の夜。いつもと違う場所。
そして、ぞくぞくするほどの色気を湛えた敦賀さんの浴衣姿。
そう…ここは社長さんのお宅で、とても広いとは言え、
一つ屋根の下には社長さんもマリアちゃんもいて…なのに、もう…止められないなんて。
今日もう、2回目よ…?
どこまで溺れていってしまうんだろう、私。

片方は敦賀さんの舌先で、もう片方はその長い指先と手のひらで。
乳首を攻められながら、下の口も指でなぶられてる。
軽く歯を立てられて、舌先でころころと転がされて吸われて。
指先でも爪で引っかかれたり、触れるか触れないかのところで何度も往復させられたり。
そうかと思えば、奥をなぶる指は戯れに数が増えたり減ったりしながら
一番感じてしまうところも同時に刺激されて、もう何もかも、考えられなく…なっていく。
気持ちよさがあふれて、涙になって流れてしまう。
するつもりはなかったと、思いながら、浴衣を着たときから、敦賀さんの浴衣を見た時から…
2人きりになってからずっと…こんな風に、されたかったのかも、しれない。
だから…何度でも身体が反応しちゃうの…
2回目は…さっきよりもずっと、敏感に感じてる。
敦賀さんを…快楽を…。

「んっ…あ、ああぁんっ…あん…あ…っふ…ぅ…」

耐えられなくなって、自然と動いてしまう腰。あふれる声。
もっと先が欲しくなって、中で暴れる指をひくひくと締め付けてしまう。
胸にある敦賀さんの頭に、髪に指を絡ませて、ぎゅっと抱きしめた。

いってしまいそう…

そう思って、迫り来る開放感に身を任せようとした瞬間、
敦賀さんが身体を起こして、それと共に与えられていた刺激がぱったりと止んだ。

「んん…っ…や…っ」

導いてくれるものがなくなってしまい、行き場のないもどかしさを抱えて敦賀さんを見ると、
私のと同じように乱れていた浴衣を脱いでいた。
すべてを脱ぎ捨てた敦賀さんと再び身体を重ね、求められるままキスをしている間に
彼がとても器用に私の腕を浴衣から抜いていく。

「…綺麗だよ、キョーコ…」

布になった浴衣の上で今日初めて全身にお互いの素肌を感じながら
ぎゅ、っと抱き合いながら、キスをしながら…
敦賀さんが、すっかり蕩けてしまった私にそっと囁く。
そしてそれが私の耳に届くのと同じ頃、もう一度…ひとつに、なって…

「んぅ…あ、あぁあ…んっ…ふ…っっ…」

いつもなら、ここでしばらく焦らされながら進む快楽への儀式も、
今は最初から激しすぎる動きの中。
腰をぐっと抱えられて、少し宙に浮いたようになり、
敦賀さんにめちゃくちゃに突かれるまま、そのリズムに合わせて声が押し出されてしまう。

こんなに大きな声を上げて、聞こえちゃう…
そう思っているのに、抑えられない。
頭の中をいろんなことが駆け巡る。
社長さんのお家…こんなところで何度も何度も気持ちよくなっちゃって
この後、どうやって顔を合わせたらいいんだろう。
罪悪感よりも、先に立つ背徳感に操られてしまって、
こうして繋がれて与えられる快楽にどうしようもなく悦んで
ダメ、やめなきゃって…頭で何度も繰り返しているのに
敦賀さんにめちゃくちゃに抱かれてる…犯されてるって言ったほうがいいくらい
激しくされてて、それだけで、すぐにでも…

目を開けても、あふれる涙で敦賀さんの顔すらもぼやけてる。
視界から入ってくる情報をシャットアウトした。
1つを残して遮断した感覚。
敦賀さんと繋がってるあそこだけが、私の身体の全てになって…

やってきた大きすぎる快感。
ただ何かに掴まりたくて手を伸ばした先に触れた敦賀さんの身体。
寄せて返す波のように私を通り過ぎる快楽を、彼にも伝えたくて、何度も何度も…全身で敦賀さんを包み込んでいた。

*

「…敦賀さん、もう帰らなきゃ…」

どれくらいしていて、どれくらい眠っていたのかわからない。
思うように動いてくれない身体を起こす代わりに
隣の敦賀さんに手を伸ばして、そう呟いた。

「泊まりなさい、って言われてるから、このまま眠っていいんだよ…」

どれくらいしてたと思うの?満足に歩けるはず、ないんだから…

私にゆっくりとそう囁く敦賀さんの声が、全身にじわりと沁みていく。
その言葉に、驚きながら…でも、泊めてもらうなんてそんなこと…
だけど、身体がさっきみたいに私を裏切って、眠る準備を始めてる。

「そんなの…ダメだよ…」
「大丈夫、ほら、眠って…明日の朝、ちゃんと起こしてあげるから」

優しい声と、何度もまぶたに降ってくる唇のぬくもり。
髪を撫でてくれる手の動きに誘われて近づいてくる、眠りの淵。
程よく沈み込むスプリングがそれを加速させていく。
身体を預けて、敦賀さんの肩に額をくっつけて、私はそっと目を閉じた。
帰らなきゃ…ダメなのに…どうしよう…。

「おやすみ、キョーコ…愛してるよ…」

矛盾しながらも意識が遠のいていく中で、敦賀さんの声が聞こえた。
おやすみなさい、敦賀さん…また…明日、ね…。

わたし、も…あいして…る…



2006/08/14 OUT
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