肩のあたりにこつん、という軽い衝撃。
少し前から眠そうにしていた彼女が、俺の肩を枕にして寝てしまっている。
「キョーコ…?」
髪に手をやりながらそっと呼びかけてみても
その瞳はぴくりとも開かない。
仕方ないかな…。
いつも忙しそうにしていて、それでも暇を見ては俺との時間も作ってくれて、いろんなことをしてくれて…。
花火にとても感激している様子も見れたし、俺は満足。
何より…浴衣の君がすごく可愛くて、心臓がドキドキしっぱなしだった、なんてことも、もしかしたらバレてるかもしれない。
見とれてしまってる俺と何度も目が合うたびに、はにかみながら微笑んでいたから。
そんなことを考えながら彼女の肩にそっと手を回し
自分に引き寄せるようにしておいて空を見ると、大輪の花が幾度も咲いては消えていく。
「お姉様、眠ってしまったの?」
彼女の熱を肩に感じたまましばらく空を眺めていて、気付いたら、マリアちゃんが目の前に立っていた。
心配そうな顔をしてる。
そして、口に人差し指をあてながら、俺の隣に腰を下ろした。
彼女もまた、浴衣を着ていて、それはそれはとてもよく似合う。
黒地に大きな椿の花が舞っている、年よりも大人びた柄の物。
それが、年齢よりも少し年を経て見える彼女によく映えている。
だけど自分のことよりもずっと、彼女の…キョーコのことが気になっていたらしく
自分の見立てたという浴衣を着て現れたキョーコを見るなり大感激していた。
彼女達の仲の良さは、俺とキョーコの仲よりも数段上なのかもしれない。
それもそうだ、俺と彼女が仲良くなるよりずっと前から、あの2人は仲が良さそうだった。
女の子に嫉妬するのも格好悪いけれど、でも少し妬けるかな…。
「うん…疲れてるんじゃないかな、ごめんね、せっかくなのに」
「ううん、私はいいの。お姉様の喜んでるお顔も見られたし、一緒に花火を見られて幸せよ。それより蓮様、もし良かったら、お姉様が着替えていらしたお部屋に連れて行って寝かせてあげてね」
「え…」
「おお、最上くんは寝ちまってるのか」
マリアちゃんの思わぬ申し出に少し驚いていると、その横から社長までが現れた。
そしてマリアちゃんの隣に座り込む。
「ええ、なんだか疲れている様子でしたから…」
「そうか、無理言って悪かったな」
「いえ、俺も彼女も楽しみにしてましたし、誘っていただいてよかったですよ」
「最上くんは、こういうの、好きそうだもんなあ…」
「そうですね、すごく喜んでましたよ」
3人で顔を見合わせて静かに笑う。
社長とマリアちゃんの中に限りなく優しい眼差しを見つけて、
これは、もしかしたら彼女への2人からのプレゼントなのかもしれないと気付く。
普通の所属タレントと事務所の社長という関係。
それよりも少し近くにいることは、この会社に限って言えばとてもラッキーなことなんだろう。
俺も君もとても運がいいんじゃないかな。
そう思いながら、会話をする社長とマリアちゃんを見ていると、
社長がこっちを向いて微笑んだ。
「さっき最上くんが着替えてた部屋な、あれ、明日まで使っていいから、連れて行って寝かせてやりなさい」
*
「すみません、なるべく遅くならないうちに帰りますから」
「いいから泊まってけ。明日の朝、着替え寄越してやるから、それまでゆっくり休みなさい」
「そうよ蓮様、遠慮なんかしないでね」
とりあえず、彼女を部屋の中のベッドに寝かせてから、ドアの外にいる2人にそう告げた。
時計は10時になろうとしていて、明日も仕事がある。
俺も、そして多分彼女も、どんなに遅くなったとしても本当に帰るつもりでいた。
だけど、ここまで言われてしまうと、少しでも彼女を休ませてあげられるなら
泊まっていくべきなのかもしれないと思えてくる。
2人の言葉を聞き、申し訳ないけれどその言葉に甘えてしまおうかと思った瞬間、
さらに社長は俺の方に顔を寄せてそっと口を開いた。
「…ここだとバレる心配はねーけど、あんまりはりきりすぎるなよ。お前の気持ちもよーっく、わかるけど、最上くんのことも考えてほどほどにな」
「っ…な、なにを…ですか」
「じゃあ、おやすみ。ほらマリア、邪魔しちゃ悪いだろ、お前も休みなさい」
「はーい」
何を言うんだあの人は…。
自分の部屋ならともかく、こんなところで誰がそんなことを。
そう思ったけれど、でも、すでにもろくも理性が崩れ去りそうなのを見抜かれてしまったことに、
少しの自己嫌悪と諦めの入り混じった微妙な感情を抱えて、ドアを閉めた。
社長だけじゃなく、マリアちゃんにも見抜かれてるわけか…。
ベッドに向かい、浴衣姿のまま眠り込む彼女のその隣に腰を下ろす。
帯がしっかり締まっているみたいだから、少し苦しいかもしれないけれど
ゆっくり眠ってていられるように、ずっとそばにいるから。
「お疲れさま、キョーコ…」
誰に聞こえるともなしに言葉を紡ぎ、
それから、髪飾りがつぶれないように気をつけながら彼女の頭を自分の膝に乗せた。
そして、投げ出されていた手を握る。
君が眠っているのを見るのは、わりと好きなんだ。
もちろん、目を覚ましていて、笑ってる君のことが一番好きなんだけどね。
眠り込む姿を眺めながら、いつか、彼女が泣きながら眠っていたことを思い出した。
夢に迷い込んだ様子で、母親のことを口にしていたことも、あったっけ。
あの時も、やっぱりこうして隣で見ていたかな…。
さすがに君の夢の中には入れないけれど、せめて、俺がそばにいることを覚えていて欲しい。
未だ君の心に影を落としている寂しさを…少しでも埋められればいいけれど。
窓の外には鮮やかな花を咲かせていた花火と入れ替わるようにして、
星がぽつりぽつりと輝いている。
次に君が目を覚ましたときには、教えてあげて一緒に見よう。
だから…それまでに、願い事を考えておいて。
今日は、朝まで一緒にいられるかな。
それとも、君は…帰ろうって言うかな。
俺は…もう少し君と2人きりで、いたいかな…。
目が覚めたら真っ先にそう伝えよう。
だからキョーコ、それまでは、ゆっくりお休み…
*
「ん…ごめんなさい…寝ちゃってた…?」
呟き声。
膝の上で眠っていた彼女が、目をこすりながら身体を起こそうとしている。
背中に腕を回し、その手助けをしながら、額にキスをした。
くすぐったそうに顔を少し歪ませて、それから笑って俺の方に腕を伸ばす。
近づいてくる身体を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめながらもう一度、今度は長めにキスを交わした。
「いいよ、疲れてるんだろう?ここ使って良いって言われたから、もっと寝ててもよかったんだよ」
「ううん、もう寝ない…だって今日すごく嬉しかったの」
いつも、2人きりの時にするみたいに、
俺の上にちょこんと座り、そして俺の方を向いて、ニコニコと微笑む。
手は、俺の胸に添えて、少しだけ体重を預けてくれてる。
嬉しかったって、花火かな。
それとも…浴衣を着られたことかな。
どっちもすごく楽しそうで、見ている俺にもそれがよく伝わってきた。
仕事で着ることはあるかもしれないけれど、
プライベートで花火を見たり浴衣を着たり、なんていう機会は
きっと、東京に来てからはなかったんじゃないのかな。
良かったね、キョーコ。
その先を聞きたくて、頬に手を添えて視線を合わせてみる。
絡む視線。
身体の温度が上がるのを俺と同じく彼女も感じたようで、
少し溶けた部分が瞳の表面をさっと濡らしていく。
潤ませた瞳をしばたかせて、それからまぶたを下ろして目を伏せた。
「浴衣着て一緒に花火、できたらいいのになってずっと思ってたから…とっても楽しかった」
それに…
楽しかった、の後、微かに聞こえた言葉を追いかけてみる。
それに?
続きも、ちゃんと教えて?
「ん?」
顔を覗き込んで追いつめてみると、彼女の頬がぱあっと紅く色づき、
俺の目線を避けるようにしながら顔をふいっと逸らす。
「っううん、なんでもない」
その様子が不意打ちに可愛くて、少し、イジワルしてみたくなった。
自分のことを、自制の効く人間だと思ってたこともあるけれど、君といる時はどうやらその効果はないに等しいみたいだ。
2人きりになったとたん、抑えていた感情があふれ出す。
触れたくて、キスしたくて…その先を欲しくてたまらなくなる。
さっきの社長の言葉を思い出した。
どうせみんなバレてる。
君への気持ちも、君にどれくらい俺が溺れてるかも。
そして…俺と君だけになればどうせ、こういう風になることも。
「ダメ、教えて」
「…恥ずかしいからやだ…」
少しずつ追いつめながら、囁いてみても、
返ってくるのは拒否には聞こえない拒否の言葉。
腕に手を這わせて、ゆっくりと上下に動かす。
袖を捲り上げながら、あらわになった肌に唇を押し当てて、
それから舌先をつけて舐め上げてみる。
「つ…るがさ…」
僅かに熱の上がりを見せた声で、途切れ途切れに俺の名前を呼ぶ。
唇と舌から伝わる艶やかに匂い立つ感触と、
ため息混じりに聞こえる彼女の滑らかな声に没頭する為に、目を閉じた。
腕から、襟元から覗く鎖骨のあたりにキスを降らせて、
そこから首筋をたどり、頬から耳へと唇を移動させていく。
ほんの少しの愛撫と熱。
だけど、彼女の身体はそれを敏感に感じ取り、少しずつ乱れ始めようと、している。
「どうしても、教えてくれないんだ…?」
「え…?」
耳元で呟いてから、そのまま舌を耳の中に差し込んで
耳全体を唇で執拗に追いつめる。
やわらかく紅く染まる耳朶を何度も甘噛みして、
後ろから回した手で、しっかり合わせられた浴衣の襟元を緩めて、
これからしようとしていることを明確に、彼女に、彼女の身体に気付かせるように。
「あ、や…ぁん…ダメ…ここ社長さんのおうち…っ」
「やっぱり…肌着は着てないんだ…」
「敦賀さん…聞い、てるの…?」
そんな瞳でそんな声で抵抗したって、もう止められない。
それどころか、俺を煽ってるだけだよ。わかってる…?
君だって…今更やめられたって困るくせに…。
後ろから、露になってたうなじに唇と舌を這わせて、合わせ目にそっと手を差し入れる
普通浴衣の下に着てるはずの肌着がなくて、そのかわりにキャミソールらしきものと、ブラと。
襟元から浴衣を緩めるように腕を動かしながら胸を揉む。
唇は生え際から耳、耳の中を舌でかきまぜたあと、首筋にそって少しずつ降りていく
帯の中へ指を滑らせて、布を掴み少しずつ引き上げながらはだけさせると、
浴衣の白地に、上気した肌が浮かび上がった。
脱がしてしまおうかと思ってたけど、中途半端に乱れてるほうがよっぽどそそる。
止められないよ…
「ほら、見てキョーコ…あそこ、鏡…」
俺の言葉に、彼女が周囲を探るように頭を振る。
ちょうどベッドの横に置かれている鏡。
少し目線を動かせば、視野に入るその鏡には、
身体を絡ませて、お互いの他には何も目に入らずに、
まるで獣のように淫猥な行為に耽る姿が映し出されている。
気付いた彼女が羞恥に身体を固くした。
愛撫を強めると、それを余すところなく受け止めようとする身体がさらに乱れ始めて。
一段と甘くなる声。媚薬のように俺の身体も熱くしてくれる。
胸に吸い付いたまま、帯から上だけを全部はだけさせ、腕を抜いて下着を取り去った。
刺激に耐えられなくなりそうな彼女が、俺にしがみつくように腕を伸ばす。
髪も少し乱れていて、彼女が身体を震わせるたびに髪飾りが揺れた。
それが、快楽に顔を歪ませる彼女の妖艶さを際立たせてる。
本当はここまでするつもりはなかったけど、もう、我慢できない。
…なんて言い訳かな。
浴衣の君が色っぽくて、俺を見る目に誘われて…捕まえられて。
下肢を覆う浴衣の合わせから、奥へ指を伸ばすと、すぐに反応してくれる秘所が
彼女の答えの代わりに蜜をあふれさせている。
少し触れただけでも、その奥がひくりと震えて、
快楽を与えてくれる侵入者を歓迎しているかのようだ。
いつもよりもずっと早いその合図に我慢できなくなり、下着を剥ぎ取った。
邪魔な浴衣を左右に割り、脚の間に顔を埋める。
「あ…っ…あぁあ……んっ、ダメ…っ…」
もっと啼かせたくて、指で押し広げた奥を舌でゆっくりとなぶる。
照明に暴かれたその色が、美しく俺を誘う。
蜜に溶けたその場所が、その先を欲しがってうねるのが見えた。
ぷくりと膨らんでいる芽の表面を指で円を描くように触れ、
舌を何度も何度も差し込んでは蜜を絡め取る。
だけど。もう…これだけじゃ、ダメなんだ…?
俺が、欲しい?キョーコ…。
本当に、淫らで可愛いね…。なんて、人のことは言えないか…。
準備万端。
だったら、俺も、それに応えてあげないと、ね。
「自分で…いれてごらん?」
彼女を起こし、代わりに俺がベッドに身体を沈めた。
クッションや枕を背中にしてそれにもたれてから、彼女を俺にまたがらせる。
そして、不安そうな瞳にそう囁いた。
そのほうが、俺を感じられるだろう…?
もっともっと俺だけを感じて乱れて。
それ以外のことなんか、何も考えられなくさせてしまいたい。
最初は躊躇っていた彼女も、寄せてくる快楽に抵抗できなくなったのか、
吐息を漏らしながら、俺を飲み込もうとして、ゆっくりと身体を沈みこませてくる。
そしてすぐに、クリトリスを俺に押し付けるようにして、
少しずつぐるぐると腰を回し始めた。
その動きも、次第に前後左右に大きくなり、大胆になっていく。
彼女の内部に包まれる感触を愉しみながら、
目の前で揺れる胸に手を伸ばし、紅く色づいた実を擦りあげると
反応した彼女によって何度も自身が鋭く締め付けられてしまう。
自ら激しく彼女を突くのとはまた違った快感。
頭の奥がじんじんと痺れてくる。
君をめちゃくちゃにしているつもりなのに…本当はきっと反対なんだろう。
抱くたびに、めちゃくちゃにされていくのは俺の方だ…もう君なしではいられない。
心も、身体も、何もかも。
「あん…あぁ…っ…」
目を閉じて懸命に腰を振り、快感に耐えている可愛い恋人。
だけど次第にすがるものを求めて、傾き始める身体。
俺の浴衣の襟をきゅっと握り締めながら、もたれかかってくる彼女を抱きとめる。
…こちらももう、限界が近い。
ぎゅっと抱き、それから、繋がった場所にそっと指を添えた。
小さく膨らむ快感の為のボタンを丁寧に愛撫してやると、
それに応えてくれた身体がきつく締まり、
ぴったりと収めた俺自身の何もかもを搾り取ろうと、絡みついて…
もう…あぁ…たまらない。
「あっ……あん、…もぅ…っ、はぁああんっ、やぁっ、あ…ああぁあ…っ!」
「…っ…」
こらえきれず放出し、息をついた後、なんとも言えない気持ちよさのなかで腕の中の彼女に目をやった。
はあ、はあ…と、息を吐きながらぎゅっと目を閉じている姿は、
自分を通り過ぎていく快楽に耐えているようにも、見えた。
留められていた中からはらはらと髪が舞い落ちる。
手を伸ばして髪飾りを取り、流れる髪にそっと口付けた。
「大丈夫…?」
「ん…」
もう少し、君を彩る為の言葉を増やせたらいいのに。
綺麗だよ、とか、可愛いよ、なんて、ありきたりにもほどがある。
でも、そんなありきたりの言葉は、俺の気持ちをストレートに表してくれる言葉でも、ある。
ありきたりな言い方が、それでもちゃんと残っているってことは、やっぱり、俺みたいに思う人が多いんだろうな…。
身体を抱きとめたまま、もう一度ベッドに横たえた。
並んで横になり、頭の下に腕を差し込んで、
もう片方の手で彼女の頭から頬をゆっくりと撫でさする。
今日の君もとても綺麗で…可愛いよ。
それから、言葉で表せない分の想いを込めてキスを繰り返す。
受け止めてくれる唇が柔らかくてとても気持ちいい。
いつまでも味わっていたくて、
その柔らかくて甘い唇がキスの分だけぽってりと紅く染まることも忘れて、
何度も、何度も夢中で口付けを求めていた。
目を閉じているうちに、キスの温度に浸っていたせいか、
ぼんやりと意識が遠のいていく。
少しだけ、眠ってもいいかな。
やっぱり帰ろうかとも思っていたけど、もうそんな気もなくなってしまってる。
朝までこうして2人でいよう?
こうなったら、俺の部屋でもここでも、構わないだろう…。
「それ、すごく…似合ってた…また着て見せて…」
やっとのことで、人目があるところでは言えなかったことを言えた。
だけど、予想以上に密度の濃いセックスに没頭した後の身体が、
彼女の返事を聞くより早く眠りに吸い込まれていってしまう。
「つるがさんも……」
彼女が柔らかく俺を呼ぶ声も、遠のいていく。
あぁ、ごめん、キョーコ…
続きは、後で聞くから、その時はきちんと、聞かせて…
ごめん…少しだけ…こう、してて…くれないか…な…
2006/08/20 OUT