それはせんせい -REN

From -OHTERS

「え!?本当ですか?先生が?」

俺の隣で、恋人がとても嬉しそうに声を上げる。
多分告げられている内容は俺と同じだろうが、
電話の向こうでは、ずいぶんテンションが違うと思われているに違いない。
嬉しくないわけではないけれど、彼女のようにそこまで大喜びする、というものでも…ない。
と言い切ってしまうと、また少し厄介なことになるので
本人の前では言わないことにしている。

「わかりましたっ、はい、じゃあ失礼しますっ。はい、おやすみなさい」

携帯電話のボタンを押して通話を終了させてから
通話中と同じテンションで彼女が俺の方を向く。

「ねえ、敦賀さんっ、先生が帰ってくるって!」

ほらきた。
彼女の言う「先生」とは、俺の父親にあたる俳優「クー・ヒズリ」のことだ。
2人が初対面の時、彼女は主に食事の世話をするためにしばらく
彼に同行していたことがあって、その縁もあって今でも仲が良い。
そして当時彼に演技指導をしてもらったということから、その呼び方は今でも「先生」のままだ。

「あぁ、事務所で聞いたよ」
「そうなの…社長さん、敦賀さんがあまり嬉しそうじゃないっておっしゃってたけど」
「んー…前みたいに音信不通、ってわけじゃないし…嬉しくないってことはない…けど」
「けど?」

不思議そうに俺を見上げる彼女の顔を見つめた。

「…だってあの人今年に入ってから何度帰ってきてると思う?」

俺の少しだけうんざり、というか呆れた口調に彼女が笑い出す。
そう。
ハリウッドで俳優の仕事をしている父は決して暇を持て余しているわけではないはずが、
今年になってからはひょっとしたら日本にいるほうが長いんじゃないかというくらい
頻繁に帰ってきている。

「あれじゃあ仕事を干されたと思われても仕方ないよ」
「そんなことないですよ、お仕事の合間を見て帰ってきてるんじゃないかなあ。
 本人もそんなこと言ってたし…先生相変わらずすごく働いてるもの」

そして彼女が、誰かさんみたいに、と言って微笑む。
誰かさんって…もしかして俺のことじゃ、ないよな。

「いや、それは別にいいんだけどね…なんていうか…」
「…自慢のお父さんなのに、ヘンな敦賀さん」

どっちかっていうと、君がすごく嬉しそうな顔をするのが、ちょっと妬けるかな。
なんて言おうものなら…それは想像できるからこれもやめておこう。
彼女と「先生」はとても仲が良い。
最初はあまり詳しく話したがらなかったが、父親の顔を知らない彼女にしてみれば、
初めて出会った父親のような人だから、というのが大きいらしい。
実際、初対面の時に演技指導という成り行きで、
半日擬似親子として過ごしていたから余計にそうなるのだろうが、
その「先生」の方も彼女のことをいたく気に入っているらしく
よく連絡を取っている。

父親に彼女を取られたみたいで、というのはやっぱりカッコ悪い。
どうがんばっても俺には彼女にあんな表情をさせることはできない。
人生のキャリアがもともと違うんだからと思ってみてもちょっと悔しいじゃないか。
もっとも、あの父親相手にそんなちっぽけな感情を持つこと自体が
どこか違うんだと、後ですぐにで気付いたけれど。

「お前もわたしと同じで、女性を見る目は確かみたいだな」

俺が彼女に思いを寄せていることについて、父親に言われたことを思い出した。
それについては俺の人生の中でもっとも誇れることだと思う。
認められた気がして、とても嬉しかった。
…けど…俺より先に彼女と仲が良くなっていたことに、やっぱり妬けた気がしたんだ。
あの時は。

「先生…何よりも敦賀さんに逢いたくて帰ってくるんですから、ね?」

だから機嫌直して?といわんばかりに彼女が俺を見上げた。
そうかな…それと同じくらい君に逢うのも楽しみにしてると思うけどね。
そして、なおも続く彼女の言葉に、俺は今回も思わず赤面、する。

「先生がね…敦賀さんのお父さんだって知ってから…もっと好きになったの」
「…うん」
「楽しみですね」

そうだね…キョーコ。
複雑な感情が入り混じった自分の顔を見られたくなくて、彼女をそっと抱きしめる。
大丈夫。
君は心配してるかもしれないけど、別に、彼を嫌いなわけじゃ、ないんだ。
彼が君を可愛がっていることも、本当は素直に嬉しい。
君もすごく楽しみにしているだろうから、また、2人で逢いに行こう?

相変わらずの2人の楽しそうな雰囲気に少しだけ妬けながらも、
そんな中、3人で過ごせることが何よりの幸せなんだと、
俺もちゃんと知っているから。



2007/07/09 OUT
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