MY TREASURE -REN

From -ONE WAY

3月14日。
世間で言うホワイトデー。
今日は、1ヶ月前のバレンタインデーと対になった日で、バレンタインデーにもらったもののお返しをする日。
普段はそこまで思い入れのある日ではないけれど…今年は違う。

今年は…バレンタインデーに、一番もらいたいと思える相手からもらうことが、できたから。

ホワイトデーだけど、お返しというよりも彼女にプレゼントを贈る口実を得たようなものだ。
おおっぴらに何かをあげることはできないし、君も理由がないと言って受け取ってはくれないだろうから
不自然にならないように、最大限、このイベントを利用させてもらう。

「あ、向こうから来るピンクのツナギ、キョーコちゃんじゃないか?」

隣を歩く社さんが嬉しそうに俺にそう言う。
彼の言葉に目線を前に向けると、そのとおり、よく目立つあのピンク色が忙しそうに
小走りでこちらにやってくるのが見えた。
良かった。今日逢えて。
忙しそうならなおのこと都合が良い。
プレゼントを受け取ってもらうために、手早く丸め込むことができそうだ。

「キョーコちゃーん!」

手を振り、呼びかける社さんに気付いたのか、彼女が笑顔でこちらに向かってくる。

「こんにちはっ。こんなところで偶然ですね!事務所にご用ですか?」
「ああ、ちょっとね」
「じゃあ俺、ちょっと行ってくるから、ちゃんと待ってろよ。キョーコちゃん、悪いけど蓮の相手してやって」
「は、はいわかりました」
「ごめんね、すぐ終わるだろうから、忙しくなければちょっとだけ」
「ああ、いえ、大丈夫ですよ。お2人に比べたら暇なほうですから」

意味ありげに俺に笑ってみせながら階上に消えていく社さんを、2人で見送った。
事務所に用事があったのは実際社さんのほうだけど、君に逢えたりしないかと、期待してたのも事実。
できれば、どこででもいいから逢いたいと思ってたんだ。
いつでも君の姿を見られれば嬉しいけれど、今日は特に。

「最上さん、今日何の日か知ってる?」

カバンを探りながら問いかけてみた。
一瞬、きょとんとした顔が、すぐ笑顔に変わる。

「ホワイトデー、ですよね。私だって知ってます、それくらい」
「手、出して」

出逢ったら渡してしまおうと何日も前から持ち歩いていたせいで
少し包装がくたびれてしまったそのプレゼントを取り出すと、彼女の手に乗せた。

「な、なんですかこれ?」
「バレンタインデーの、お返し。大したものじゃないからもらってくれる?」
「そ、そんな…私そんなつもりじゃ」
「いいから、本当に。こんなこと言うとなんだけど…もらい物で、俺が持ってても仕方ないんだ、女性用だから。君がつけてくれれば、俺にくれた人も喜ぶと思う。ダメかな?」
「…開けてみてもいいですか?」
「うん、気に入るといいけど…」

まくしたてるように彼女にそう告げると、少しだけホッとしたような顔が浮かぶ。
簡単に袋に入れただけのもので、中身はネックレス。

「わあ…すごく可愛い…。なんだか高そう…本当にいいんですか?」
「行き場がなかったものだから、もらってくれたら嬉しいよ。それに…バレンタインデーだけじゃなくて、俺の誕生日も祝ってくれただろう?」

だから…君への誕生日プレゼントの意味もあるんだ。とは…言わないでおいた。
君との距離を懸命に測りながら、言葉を探す。
気付かない君とのこんな駆け引きは、心臓に悪いけど、必死な自分もなかなか悪くない。
バレンタインデーの日、彼女がこっそり、誕生日も一緒に祝ってくれた。
社さんに聞いたんです、と言いながら、中身が俺の分だけずいぶん大きくて
ビックリして…それからすごく嬉しくて。
本当は、もっと直接的に伝えたいけど、今はこれで我慢。
いつか、ありったけの想いを込めて、君に伝えたい。

「あ、あんなの…これに比べたらずいぶん簡単で…恥ずかしいです。気を使わせちゃってすみません…」
「いいんだ、ありがとう。すごく嬉しかったからそのぶんも入ってると思って、何かの時にでも使ってもらえれば」
「はい…ありがとうございます。大切に、しますね」

彼女の言葉に、心の中でこっそり胸をなでおろす。
何とか受け取ってもらえて良かった。
キラキラ光るシルバーのネックレスを嬉しそうに眺める彼女に「つけてあげようか」と問いかけて、
答えをまたずに彼女の手からそれを取り、そっと首にかけてみる。
鼻をくすぐる女の子特有の甘い香りと、俺よりもずいぶん華奢な身体がぐっと近くなる。
抱きしめてしまいたくなる衝動を何とか抑えて、また元の位置に戻った。
…ここが事務所で、ある意味良かったとも、言える。

光る王冠のモチーフと、シンプルなプレート。
自分にかけられたそのネックレスを見て、少しはにかんだ笑顔が可愛くてしかたない。
君への最初のプレゼント。
バレンタインデーのお返しに、という口実付きだけれど、
自分のあげたものが彼女の身体に収まっている様子がたまらなく嬉しくて。

また、こうして何かあげられたら、いいんだけど。
君の為に、というよりはそれを見ていたい、自分の為に、かな。

「どなたからいただいたんですか?」
「んー…ちょっと仕事関係でデザイナーの人なんだけどね。試作品だから、って」
「デザイナー?」
「現物もそんなに高くないよ。大丈夫、まだ無名の人だし。もしかしたら、そのうち値打ちが出るかもしれないけど」

本当は…専属モデルをつとめてるブランドのもの。
試作品で女性用、というのは嘘じゃないけれど、多分、この先も店頭に出回ったりはしないだろう。
ショーの為に作られた小物らしいし、よっぽど気をつけて見てみないとどこの物かもわからないようになってる。
それくらいの物じゃないと、こうやって受け取ってももらえないだろうし、かえって助かった。
それにこれは、大切な女の子が出来たらあげるといいよ、という言葉とともに俺の所にやってきたもの。
日の目を見ることもないだろうと思っていたけれど、今日こうして彼女にあげることができて良かった。

ただひとり、文字通り、俺にとっての「大切な女の子」に。

「ごめんごめん、待たせちゃって。キョーコちゃん、はいこれ。今日ホワイトデーだからお返しです」
「わあ、すみません、社さんにも気を使わせちゃって…」
「いいのいいの、大したものじゃないから気にしないでね、ありがとう」
「ありがとうございます」

用事の済んだらしい社さんが戻ってきて、彼女にお返しを渡している。
俺はと言えば、もういちど、彼女の胸元に光るネックレスを見つめた。
彼女は知らない、俺の想いが込められたそれが、いつも彼女のそばにあることを願って。
いつか、本当のことを話せる日が来たなら、君はどんな顔をするだろう。
受け取ってもらいたいための少しの嘘を許してくれるだろうか。

誕生日を祝ってくれて、本当に嬉しかった。
だから、今度は、君の誕生日に、何かさせてくれる?

心の中でそっと尋ねてみる。
その時は、もう少し距離が縮まっていると、いいけれど。



2006/03/13 OUT
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