予感 -KYOKO

From -ONE WAY

「ねえねえ、京子ちゃんはどうしてこの仕事をやろうと思ったの?」

休憩時間に何気なく百瀬さんとおしゃべりしていた時。
最初はそんな話題じゃなくて、他のキャストさんのことだったり
撮影中のこのドラマ、ダークムーンのドラマチックな展開や、原作のこと、
とてつもない視聴率を出した「月籠り」のことだったり。
あたりさわりのない会話で繋いでいたら、突然そんなことを聞かれて
私は思い切り面食らってしまった。
あっけに取られて彼女を見つめると、いつもどおりニコニコと笑ってる。
その表情の下には、私の答えへの期待が見え隠れして。

言…言えるわけない…。

ヨコシマさの欠片もない表情を横目にしながら、心の中でそっと呟く。
百瀬さん、すごくこの仕事に誇りを持って打ち込んでるの、よくわかるもの。
もちろん私だって気持ちじゃ負けないけれど、
そもそものきっかけを耳にしたら百瀬さんだってきっと気分を害するに決まってる。
復讐でしたなんて…言えない。
今だって隙あらば、ショータローをぎゃふんと言わせてやりたいって思ってるし。
演技をすることとそれとは、もうまったく別物だけど、
それでも、百瀬さんは敦賀さんみたいに私のことをきちんと役者として見てくれてる人だもの。
迂闊なことを口にして、軽蔑は、されたくない、な…。

「敦賀さん…と同じ事務所よね?LME、だっけ」
「あ、そ、そうなんです…けど」
「LMEって言えばあの社長さん!すっごく面白い、っていうかちょっとヘンな人よね?」

最初は冗談かと思ってたけど、実際に見たらウワサどおりですごくおかしかった~
なんて楽しそうに笑ってる。
話だけを聞くと本当にそうよね。誇大表現かと思うわよきっと。
でも、あの社長さんに限っては、違うのよねぇ~…。
私がいない時に偵察に来たときには、仮面舞踏会だったっていう話だし、
演技テストの時はラストエンペラーみたいな服だったものね。
お付きの人も、毎回社長さんに合わせた格好をしてるし、
服に一番しっくりくるシチュエーションというか、小道具もすごく凝ってる。
CM撮影を見に来てくれた時は、ファンファーレが鳴る中を馬に乗って登場してたわね…。
でも、私の中での社長さんに対する原体験といえばやっぱり。

「オーディションの時も、すごかったんですよ~ダンサーを従えて踊りながら出てきて…」
「あっ、オーディションで入ったんだ?やっぱり女優やりたくて?」

社長さんのことで話題が逸れるかと思ったのに
うっかりオーディションのことを口にしてしまったばかりに、百瀬さんがいよいよ目をキラキラさせてる。
墓穴を掘っちゃったみたい。
こ…これはもう、答えるしかないわよね。
ショータローのことは伏せておいて、当たり障りのないように…ちょっとだけ…

「…最初はそうじゃなかったんですけど…今はやっぱりお芝居をきちんとやりたいなって思います」
「そういえば、ドラマは初めてなのよね?」
「そうです、だから…みなさんの足を引っぱらないようにもう必死ですよ~」
「でも、初めてなのにあんな難しい役をこなすなんて、京子ちゃんやっぱりすごい」

百瀬さんがそう言うのを聞きながらこのドラマに出ることになったいきさつを思い起こす。
ドラマのお仕事が来るなんて思ってもみなかった私に振って湧いたチャンス。
それがショータローのPVに出たからだっていうのはかなり腹立たしかったけど、
最初は、未緒っていう役どころに不安どころかちょっぴり不満だったりもしたけど、
敦賀さんの演技を間近で見ることができるという誘惑には勝てなかったのよね。
それこそ私みたいな駆け出しのタレントでは、そんな機会滅多にないんだもの。

そこまで考えて、ふと、思いつく。
演技を勉強したいと思ったのも、ダークムーンに出ようと決めたのも
今、改めて考えてみたら、敦賀さんがいてくれたから、だったのかもしれない。
最初は、なんとか対抗できる演技力をつけたい、って、
ショータローへの復讐とあまり変わらない動機だったものが、
敦賀さんの近くにいることで、彼の仕事への姿勢や情熱を見つけることができて、
それがいつか私のお手本みたいな存在に変わっていった。

あんな風になりたい。
自分の持てるもの全てを賭けて、お芝居に挑んでみたい。
そういう風にして、自分を創っていきたい。

そう、思ったの。
敦賀さんが…私と演技を繋げてくれたの。

「一番最初に、敦賀さんと演技した時は…ちょっとしたハプニングからだったんですけど…
 やっぱりあの人にいいように翻弄されて終わっちゃって、そんな自分がすっごく悔しくて…」
「そうだったんだ…私もね、この前の演技テストで同じこと、思っちゃった」

百瀬さんが照れくさそうに微笑む。
演技テストの後に、緒方監督がそう教えてくれたのを思い出した。
それを聞いた私は、百瀬さんならきっと大丈夫、
その悔しさをバネにしてもっといい役者さんになれるはず、って思ったっけ。
私もすごく悔しくて、絶対に見返してやる!、なんて息巻いてた。
その後しばらくは、空回ってたことも多かったけれど。

「だけど、それから何度か現場を見せてもらったりして、
 そのうちに…この人に認めてもらえるような役者になりたいって、思ったんです」

あの人に出会った事はきっと、
宙ぶらりんだった私の人生に降ってきた、とても大きなターニングポイント。
ついでに会ったばかりの頃のことを思い出してちょっとむずがゆくなった。

だけど、敦賀さんってすごいな…。
きっとこうやって私だけじゃなく、いろんな人に影響を与えてるんだ。
私…私もいつかそんな風になりたいな…なれたら…

「京子ちゃんって、敦賀さんのこと、好きなのね」
「…は?」
「だって、すっごく嬉しそうな顔、してるもの。敦賀さんのことを話すとき」

え?
そそそ、そんな顔、してた?
慌てて百瀬さんの顔を見ると、百瀬さんこそとても嬉しそうに笑ってる。
その邪気のない笑顔に、私の中のちょこっとだけ後ろめたい部分が反応してしまい、
恥ずかしくなった私はとっさに俯いてしまった。

「ち、違いますよっ…そ、そりゃ嫌いではないですけど…尊敬はしてますけど…好きとか…
 そんなのじゃないです!そんな恐れ多い…」

それにしても、も、百瀬さんたら何を…どこを見てそんなこと言って…
大体私と敦賀さんが仲良いとか、そんなの…
ただ、事務所が同じでたまたまいろんなことが重なって、ってだけで、
最近までは、敦賀さんに嫌われてるって思ってたのに。
今は…まあ、そこまでは嫌われてないってことがわかったくらいで
好きだなんて…もう、どこ見てるんだろう。このままそう思われちゃってたらまずい。

「良いドラマに、しようね。未緒や嘉月だけじゃなくって、美月だって、オリジナルよりすごい、って
 思わせたいもの。だから、私も京子ちゃんや敦賀さんには負けないからね」

だけど、誤解を解こうと思って顔を上げた私に向かって、百瀬さんは微笑みながらそう言った。
その笑顔に浄化されてしまったかのように、
次に紡ごうとしていた、私は誰も好きになんかならないんです、という言葉を飲み込んだ。
そう、そんなこと言わなくていいし、…無理に思わなくていい。
ただ…今はこのドラマが上手く行くように。
自分の持てるものを全て出し切れるように…。
そして、少しでもあの人に近づけるように。あの人の持ってるものを…学べるように。

百瀬さんの言葉に動揺してしまった自分をそっと胸にしまう。
好きとか嫌いとかそんなんじゃない。
敦賀さんへの思いは、そんな好きとか嫌いとか…そんなものじゃないはず、なの。
なのに、どうしてかな…
その思いを言葉にしようとすればするほど…よくわからなくなっていく。
尊敬する先輩。一番近くにいる、目標。
いろいろな相談にも乗ってくれる、私のことを良く知っていてくれる人。

次第に打ち解けていくようになって、いろんな敦賀さんを見てきた。
そういう意味では、もう…ただの先輩後輩ではないのかもしれない。
だけど…言葉にすればやっぱり、先輩と、後輩、でしかないはずなのに、
どうして、はっきりとそうは言い切れないんだろう。
そう言い切ってしまいたくない…んだろう。

休憩時間の終わり。
先に立ち上がった百瀬さんが伸ばしてくれた手につかまった。
もやもやしたものを振り切るように立ち上がる。
ドラマのことだけ、考えていよう。

ただ…今はこのドラマが上手く行くように。
自分の持てるものを全て出し切れるように…。
そして、少しでもあの人に近づけるように。あの人の持ってるものを…学べるように。



2006/09/25 OUT
Home