何度も、何度も、夢を見る。
色がついていることもあるし、モノクロだったりもする。
風景が変わっても、登場人物はいつも同じだ。
そして自分が抱いているすべてのものが克明に映し出されるその映像を
まざまざと見せ付けられて飛び起きた後は、ひどく夢見が悪い。
夢見が悪いはずなのに何故か嬉しくて、そしてそんな自分の感情が恐ろしくなり、ひとり身震いする。
嬉しい理由も、嬉しく思う自分が恐ろしいのも、すべてわかっている。
わかっているから、そこで完結してしまう。そしてその繰り返し。
日常の繰り返しが、だけど決して同じ日々をトレースしているわけではないのに比べて、
この一連の感情の流れはまったく同じところを廻っているだけなのだろう。
始まりと終わりは、いつも同じ言葉だ。だからこそ、そこで完結してしまう。
そして、だからこそ、そこでとどめておかないといけない。
「今日もいい天気になったなあ」
「ええ、本当に」
マネージャーを迎えに行くと、開口一番、彼がそう言って眩しそうに空を見上げた。
外での晴天が条件のロケだから、前日から天気の行方を気にしている風だった。
もちろん、予定していたことが滞りなく進むのは、俺にとっても喜ばしい。
今日も気持ちよく仕事ができそうだ。
俺が抱えているものの切れ端を知っている彼は、そのことをもう頻繁には突いてこない。
まったくなくなったわけではなく、軽口レベルならもう日常茶飯事と言ってもいいのだけれど
そこまででやめておいてくれる気遣いが俺には結構ありがたい。
今日はたまたま現場へ行く前に事務所に寄る。
このところほとんど接点がない彼女と、偶然にでも逢えるかもしれないなんて
少しだけ期待する自分が確かに存在しているのを認めて、
今朝の夢はそのせいだったのかな、と、次の信号が赤になるのを眺めながら思う。
思っていることも、思ってもいないことも、夢には出てくるらしい。
夢で占いをする場合には、夢の中での出来事が現実のそれと同一だとも限らないらしい。
けれど、俺が頻繁に見る夢は、明らかに自分の中にあるもの、が表に出てきているんだろう。
「あ、敦賀さん、社さん、おはようございますっ。珍しいですね、こんなに早く」
「おはようキョーコちゃん、どしたの、用事?」
俺と社さんの姿を認めて、笑顔で近づいてくる彼女の姿が、まるでスローモーションのようにゆっくりと動く。
キョーコちゃん、とかつて自分が呼んでいたように彼女を呼ぶ社さんがうらやましいんだろうか。
今はもうそうは呼べない俺と、彼女の間にある透明な壁みたいなものを感じて少し寂しくなる。
あの頃と同じ屈託のない笑顔を向けてくれるから、なおさら。
そうか…壁を作っているのは俺だけだから、彼女は変わらない、んだ。
「おはよう、最上さん」
「おはようございますっ。今日もいいお天気ですね」
おはよう、最上さん…キョーコちゃん。
昔の彼女がそうしてくれ、と言ったように、こっそりと昔の呼び名で彼女を呼んでみる。
花がほころぶように笑っていた頃と今とは、多分何一つ変わってない。
変わったように思えるのは、彼女の中のほんの一部分なんだと今は思う。
忘れたいわけじゃなかった。忘れたいことがあっても、あの想い出だけは忘れられなかった。
まさか彼女が長じて自分の目の前に現れるとは思っていなかったから動揺はしたけれど、
変わらない彼女に触れて、極力関わるまいとしていた頑なな思いも瓦解してしまっていた。
残ったものは、彼女への想い。
それでも…その想いを純粋なまま保っておくことは、俺にはとてもできなかった。
今ここで君を前にしていられる、その幸福を知ってしまった俺は、この先何を望むのだろう。
身の丈に合わない願いばかりが増えていって、自分でも御することができなくなる。
ともすればそう遠くない未来に起こってしまいそうな現実を夢に見ては、冷や汗をかくほどに恐れている。
聞いたことのないような甘い声で俺を呼ぶ君を。
ほとんど何も身に着けていない状態で俺に腕を伸ばす君を。
これは夢なんだと自分に言い聞かせながら、そんな夢を見てしまうことに戸惑いながら
己の妄想が作り出す彼女の姿を目の前にして、戸惑いよりも欲望を選び取ってしまう自分を。
好きなようにしていい、と切れ切れに呟く彼女のその身体が夢の中とは思えないほどリアルすぎて、
飛び起きた後の自分の身体の変化を呪いたくなる。
どうしてそんな夢を見るのか。
自問自答してみても、自分が求めている答えは多分、出てこない。
欲しい答えは、そこにはないからだ。
俺の欲しい答えは、永遠に現れない。
確かに存在しているその答えを、自分で認めたくないからだ。
君は。
もし俺が君を好きだと伝えたら君は、一体どんな顔をするんだろうか。
俺が君にしたいと思っていることを知ったら。
ここに誰もいなければ、そして彼女が笑って俺の名前を呼んだら、
きっと何もかもが崩れ落ちる音を遠くに聞きながら、
俺は夢の中で自分がしていたように…するんだろう。
理性を凌駕する欲望が自分の中に存在することを君を好きになって初めて知った。
ずっと知らずにいられれば良かった。
そうすれば君を綺麗なまま、俺の中に住まわせておけたのに。
綺麗なまま…?
違う。
夢の中で俺とそういうことをしていた彼女こそ、恐ろしく綺麗だった。
「じゃあね、キョーコちゃん。がんばって」
「ありがとうございますっ」
敦賀さんも、あんまり無理しないでくださいね。
映画のような遠いところで会話を交わす2人を眺めていたら、ふいにそんな言葉が聞こえてきて
スローモーションかコマ送りのようだった景色の再生スピードがぎゅるぎゅると巻き戻っていく。
「うん、ありがとう」
今考えていたことをおくびにも出さずにそう返した。
ゆっくりと遠ざかる背中を見つめる。
もう一度スローモーションに戻った空気を纏いながら歩み去る背中の行き先は、
まるで永遠に追いつけない蜃気楼のように見えた。
遠い遠い、背中。
ああ。
どうしようもないくらいに、君が好きだ。
ひとり想うくらい許してもらえるだろう。
そう、自分の気持ちに折り合いをつけたはずだったのに。
2010/04/25 OUT