この頃、とても困ったことがある。
この頃…と言うのは、俺が彼女への想いに気付いて
それを抑えるのに必死で、でもそれが多分無理なことを自分でもわかっていて、
そんなここしばらくのことだ。
まだ告げるつもりはない…けど、自分を制御することも難しい。
どこかで冷静に見下ろしてるもう1人の自分がいる。
ささいなことで一喜一憂したり、想いを必死に隠そうとしてるのを見て。
言ってしまえば楽になれるのにと囁きかけてくる。
それに…こんな風に思っているのは俺だけじゃ、ないんだし。
自分のものにしてしまえれば、と。
「敦賀さん?」
「え…」
「具合でも悪いんですか?…ちゃんとご飯食べてます?」
ほら、君はまたそうやって…無邪気な顔で無防備に俺に近づいてくる。
心配してくれてるのは嬉しい。
近づいた距離も嬉しい。
だけど…
「大丈夫だよ。ちゃんと食べてる」
「コンビニおにぎりとかじゃ、ダメなんですよ?バランスよく食べないと」
「うん、わかってる」
「体調管理も、お仕事のうちなんですからね!」
「…君に言われると弱いね俺は…前科があるから…」
心配そうに覗きこむ瞳に、ふ、と微笑んで見せた。
これで無意識なのだから、本当にこの娘は…。
実はあんまり食べていなくてね…じゃあ、君が作りに来てくれる?…とはとても言えない。
もともとあってないような食欲に加えて、胸にもたれるくらいの君への想い。
…食べられるわけないだろう…
でも、君の作ったものはとても…美味しいから…食べられるかもしれない。
そしてまた、そんなことは言えるわけがないと思い直す。
いつだったか、俺にと言って手渡してくれた弁当。
その時は、俺の為に何かしてくれようとした、それだけで嬉しいと思い満足したのに
そのうちどんどん強欲になって、より多くを望むようになるだろう。
今だって、不謹慎にも心配してもらえることを嬉しく思ったりして、
まるで好きな相手の気を引きたくて策を弄してるみたいじゃないか。
逢えない日が続くと、遠くからでもいいから君の姿が見たい。
姿を確認すると次は様子を知りたくて顔が見たくなる。
距離が近づいたのなら、用事はなくとも少しだけでもいいから言葉を交わしたい。
そんな時間が持てたら、それが長く続くようにと願う。
めったにないことだからこそ、
君の作った食事を食べるという幸運を忘れられない俺はまたそれを求めようとする。
そしてその時間を共に過ごしたい。
君の作った食事、だけじゃもう俺はダメなんだ。「君」も、居てくれないと。
でも今の俺じゃ、そんな状態になったことを想像しただけで…。
平常心でいることに、苦労しそうだ。
「そういえばもうすぐバレンタインデーだね~、キョーコちゃんは誰かにあげたりしないの?」
隣では、マネージャーの社さんと彼女がそんな話をしている。
こっそりため息をついてから、その様子を見ていると、
話を振られた彼女が薄く笑ってから顔の前で手を揺らした。
「そんな人いないですよー、好きな人、ってことですよね?いないですから
バレンタインはお仕事じゃないかなぁ?それか、学校ですね」
その言葉で少しほっとした自分がいることに気付いて苦笑する。
決まった人がいるわけじゃない、と…。
そしてそれは俺でもないだろうけど、ましてやアイツなんかではないだろう。
アイツが君のことを好きになったって、君はまだアイツを許してなんかいないはずだ。
それに、どうせなら俺のことも…きちんと向き合って、好きになって…欲しいと思う。
…良かった。
まだ君のそばに先輩としていられそうだ。
俺が先走って想いをあふれさせたりしなければ、多分…。
「あ!でも日頃お世話になってる方に渡すのも、いいかもしれないですね!」
「そうだねー、普通の会社なんかではOLさんがそうするみたいだし」
「お2人にもいつもお世話になってるから、もし良かったらもらっていただけますか?」
社さんが俺を小突く。
ニヤニヤしてるだろうその顔はとりあえず見ずに、彼女に笑いかけてみた。
それだけで、忙しい毎日に楽しみが出来る。
君の姿を見ているだけなのも楽しい。
だけど、君が俺の為に何かをしてくれる…それが好きとかそんな気持ちからくるものじゃなくても、
まだそれだけで嬉しいことに違いはないんだから。
「日にち、ズレちゃうかもしれないけど、作ってみますね!私なんかの手作りでよかったら…」
「最上さんは料理も上手いからね…楽しみにしてるよ」
「そんなことは…ないですけど、あんまり期待しないで待っててくださいね」
照れくさそうに笑う君を見て、鼓動が身体をめぐっていく。
抱きしめたくなる気持ちを抑えるので精一杯。今自分がどんな顔をしてるのかももうわからない。
最上さん、わかってる?無意識なのにも程がある。本当に…。
好きだと思った人に愛を囁くのは簡単だと思っていたけど、どうやらそれは違うってことがわかってきた。
絶対に失いたくないと思う、そんな相手に対しては…かえって何も言えなくなる。
決定打がない今のこんな関係だって、それを失ってしまうことに比べたらどれほど幸せだろう。
もちろん、そのうち君を手に入れたい。
でも…それは多分今すぐじゃなくてもいいんだと思う。
早く手に入れたいとは思うけど、君を傷つけたり無理強いはしたくない。困らせたくも、ない。
必ず手に入れて見せるから、ゆっくり準備してて。
今はまだ、君の姿を必死に探したり無意識な君にドキドキさせられたり、そんな格好の悪い俺でいい。
まだ、我慢できる。
だけど、君のことが好きだよ。とても。
だから、覚悟しておいて。
頭をぺこっと下げてから遠ざかっていくその背中を見送って、反対方向に歩き出す。
…去り際の彼女にそっと何か耳打ちをしていた隣のマネージャーに尋ねてみた。
社さんの言葉を聞いたらしい彼女が少し驚いて俺を見ていた、から。
何か余計なことを…言ったりしてたんじゃないでしょうね、社さん。
「社さん、さっきあの子に何て言ったんですか?」
「ふふーん、知りたい?どうしようかなぁ~
まあ…お前の不利になるようなことは、言ってないよ?でもな~…どうしても、知りたい?」
いえ…、いいです…。
2006/03/05 OUT