さくら -REN

From -ONE WAY

風がまだ少し冷たい春の夜。
道端に落ちている薄いピンク色の花びらを見て気付く。
ああ…いま、桜が咲いてるんだ。

こういう仕事をしていると、季節感は少しずつ前倒しになっていって
現実の時の流れとは微妙にずれてきてしまう。
見ている人に季節をリアルに感じてもらうためには仕方のないことだけど
そういうものが麻痺しつつある自分にとっては、そんなうつろいも遠いものになっていた気がする。
桜の季節は、特に短いから。

そういえば、ロケ先でも桜が咲いていて、スタッフや共演者の人たちがなんだか騒いでいたっけ。
…そんなことにも思い至らないんだな、俺は…。
余裕の欠片もない自分に苦笑する。
考えていることといえばまずは仕事のことだけど、その他にひとつ心を占めていることがあって、
それは決して嫌な気分ではないものの、冷静な自分を隅に追いやってしまうから、ちょっとだけ困る。

桜を、見に行ってみようか。
まっすぐに家に帰る気にもなれなくて停めていた車を、再び走らせる。
ひと気がなくて、大きな木がある、そんなところへ。

*

「うわ…」

昼間には多分たくさんの人で賑わうだろう大きな公園に、車を停めた。
今はもう誰もいなくて、ただ満開の桜の木がいくつも佇んでいるだけ。
ドアを開けて車を降りるなり、その迫力に圧倒されてしまった。

夜の闇にほのかに白く浮かぶたくさんの桜。
時おりざわめく風に煽られて舞う花びらの中を縫うように歩く。
こんなにゆっくりと夜の桜を見るのは初めてで、どうかすると見とれてしまう自分がいる。
昼間に見るよりずいぶん綺麗で、今自分が思っていることを伝えられる人がそばにいないのが残念なくらいだ。
だけど、誰でも良いっていうわけじゃあ、ないんだろう。

あの子は、こういうのは好きなんだろうか。

気付けば考えてしまう、心の中に住み着いてしまっている1人の女の子のこと。
今、同じ場所にいたなら、彼女はどんな風に思ってその気持ちをどうやって教えてくれるんだろう。
素直だから、きっとすごく感動するんだろうな。
一緒に歩いてても、花びらを追いかけて先を駆けていくかもしれない。
俺はそれをゆっくり追いかけながら、桜よりもそんな彼女に夢中で。

君は…今何してる?
俺は1人で桜を見てるんだ。
すごく綺麗だよ。

だから君に…逢いたい。

携帯電話を取り出して、かけられるはずのない番号を呼び出してみる。
表示された彼女の名前が目に飛び込んできただけで、少しあったかい気持ちになった。
恋をして、こんな風にその相手のことを考えるときはいつだって不思議な思いに支配される。
嬉しくなったり、不安になったり…いくつもの感情が渦巻いて…とても一言では説明できなくて。
普通の人は、こんな気持ちを恋する分だけ繰り返してきたんだろうか。くっついたり離れたり。

だけど俺は、自分がしているのが恋なんだとわかってるからこそ、こんな気持ちは一度で十分だ。
君だけで、いい。…君だけが…いい。

この想いは一体どこへ行くんだろう。
気持ちを告げることはないと思っていても、彼女への想いはあふれて仕方がない。
何もかもが初めてで…制御不能な。
だけどそれが長く続く片想いの始まりだとしても、多分俺はずっとこのまま彼女のことを想っていくんだろう。
捨てたはずの過去から持っていた想いが進行形になった…だけだから。
短い間に咲いて、散ってはまた次の年に花をつけるこの桜のように。

たとえ告げられなかったとしても、永遠に君を想ってるよ。
心の中に住むたった1人の女の子にそっと誓う。

それでも今度は、君と見に来れたらいい。
俺の気持ちやいろんなことを抜きにしても見せたいくらい…綺麗なこの桜の花を。



2006/04/05 OUT
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