ストロベリー・サマー・ジャム -REN

From -MARRIED

機械の音に混じって涼やかに氷の削られる音が響く。
ガラスの器とスプーンが2つ。
セットしてある1つ目の器に、削られた氷が積もっていく様子を
目の前の彼女は子供のように乗り出してじっと観察している。

「わぁ…すっごく美味しそう」

家でカキ氷を作る機械は、特にめずらしいものでもなんでもないけど
今回導入したのは、電動式のもの。
ふわふわの氷がとても評判らしい。
そしてこれは、そういうのが好きそうな彼女へ、俺からの夏のプレゼント。
綺麗にラッピングしてあったその箱を、いつものように嬉々として解いていく姿が、とても可愛くて。
それだけでもう、買った甲斐があったというものだけど、ね。

「んー、美味しいっ。やっぱり夏はカキ氷よね~」

ガラスの器に山と盛られた2つの氷。
イチゴ味のシロップとコンデンスミルクをたっぷりかけて、
さっそく頬張る姿が微笑ましい。
慌てて食べて、冷たさに少し顔を歪ませたり、
口の端についた氷の欠片やシロップを指で拭ったり。
そんな彼女の様子を可愛く思いながら見ていた俺も、
彼女が作ってくれた自分のカキ氷を食べ始めた。
だけど、口に広がるコンデンスミルクの甘い味に、あることを思いつく。

「もっと甘くする方法、教えてあげようか」
「え?これ以上甘く…?って、もっとミルクかけるってこと?」

自分ができうる限りの微笑みを湛えて、彼女のほうにそっとにじり寄る。
言葉に込めた意味なんて…君もそろそろわかったっていいだろうに…
いや、もしかしたらわかってるのかもしれないけれど、
とにかく、機械を目の前にしてワクワクしてるのとまったく同じ表情で
笑っている。

彼女が俺に作ってくれたカキ氷、スプーンにひとくち分をすくい、
自分の口に含んだあと、彼女の手首を掴み、抵抗できなくさせてから
その唇の奥へと流し込んだ。
イチゴのシロップとコンデンスミルク。
相乗効果で、口の中で液体になった後も濃厚な甘さだけど、それだけじゃない。
以前に、そのミルクを使って行った少しアブノーマルなプレイ。
しっかりと身体に刻み込まれただろう行為を思い出させたくて、
ミルクの多い部分をわざと君にあげたんだ。
行儀の悪いことをしたせいで、はしたなく口の端についたクリーム色の甘いミルクを、
まるで子猫が舐めるように丁寧に繰り返し絡め取る。
彼女が全て解けた氷を飲み込んだ後も、しばらくの間
その甘さを俺たちは存分に味わっていた。
甘さが消えて、やがて互いの唾液と舌が醸し出す、
ミルクやシロップとはまったく別次元の甘いキスになるまで。

唇を解放してあげると、彼女が頬を真っ赤に染めてうつむく。
作戦、成功…かな。

「思い出した…?」
「ん…もう…敦賀さんのエッチ…」
「なんとでも」

暑い夏。多分俺は少しおかしくなってるんだろう。
お互いだけを見つめて絡まって、混ざり合いたい。
エアコンを切ったら、暑さに呑まれて他のことを考える余裕がなくなるに違いない。
俺のこと以外には、何も考えられなくなるくらい、ぐちゃぐちゃになって…。

カキ氷をぱくつく彼女の向こう、窓の外を見つめた。
日差しにゆらめく景色。
暑さにまかせて溶け合いたいなんて考えてしまうのは
多分、暑さとは無縁の温度の中にいられるからなんだろう。
なら…ちょうど良い温度のなかで、君とずっとくっついていたい。

「ねえ、敦賀さん…暑くないですか?大丈夫?」

カキ氷を食べ終えてしばらくした後、ふいに彼女が問う。
いつもどおり、ソファに腰を下ろしている俺の膝の上で抱きしめられたままの彼女。
外は30℃を越えているらしい。ここは…天国のような涼しさ。
確かに、窓から注ぐ光の帯は多分に暑さを湛えてはいるだろうけれど、
室内はそれを感じさせないくらいの温度に調節してある。
地球に優しくないことはわかってはいるけれど
こうやって2人で昼間にこの部屋にいられること自体が少し珍しいから
大目に見て、欲しいな。

「全然。どうして?」
「だって…ほら、男の人って体温高いって言うし、私くっついてたら
 敦賀さん、暑いんじゃないかなあって」
「それなら、俺よりも君の方が、影響受けるんじゃない?」
「わ、私は大丈夫…エアコン効いてるし、全然平気」
「じゃあ、問題ない」

彼女を抱いていた腕にぎゅっと力を込めた。
多分、純粋に疑問に思ったことを口にしただけの彼女。俺の行動に少し慌てているらしい。
わかったかな…?
こうやって…君が俺とくっついてても暑く感じさせないようにしているのは、
もっともっと仲良くしようって…ことなんだよ。
暑さなんか届かないところで、2人だけで。
それはもう、何も入る隙間もないほどに。

どれだけ触れてても、そばにいても見ていても永遠に飽きることのない
愛しい人の存在に胸が締め付けられる。
それはこんな風に、ただ2人でカキ氷を食べたりしてる、そんな時にだって
おかまいなしにやってくる感情。
2人で普通に生活し始めてずいぶん経つというのに
俺ときたら、付き合い始めの頃のように、彼女にただ焦がれて仕方がない。
穏やかな時間のなかで、きっといつまでも、君にドキドキしてる。
矛盾、してるかな。
愛情と欲望が無数にちりばめられた、俺と君の普通の、生活。

「敦賀さん…?」

髪に指を絡ませるようにして、彼女の頭をかき抱き、そのまま髪に顔を埋める。
それはとても、密やかな、序曲。

「こっち向いて」

額から、まぶた、頬、首筋へ順番に唇を滑らせていく。
ひやりとした空気に洗われた、さらさらの肌にそっと口づける。
そこがぱあっと紅く染まり、温度が少しだけ上がったことを教えてくれた。
部屋をどんなに涼しくしてみても、
きっとこの後、その恩恵が無に返るくらい暑くなってしまうだろうことを
思いながら…ほら、もっと…仲良くなりたい。
だから…、ね、キョーコ…。

ソファの上にそっと組み敷くと、
頬を染めたまま彼女が目を閉じて、俺の首に腕を絡ませた。
スプーンが涼しげな音を立てる。

そして…カキ氷とエアコンの努力も無駄になりそうな、夏の昼下がり。



2006/08/25 OUT

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