お休みの日に限って、早く起きちゃうのって、
その日を楽しみにしていたことと関係あるのかしら。
寝坊したことがまったくないわけではないのだけど、
比べてみたら、敦賀さんより早く起きることのほうが多い。
お休みの日は、やっぱり普段じゃできない家事をしなきゃ、って思うし
ご飯を作って敦賀さんと一緒にゆっくり食べようって前の日からすごく楽しみだし
何より眠り込んでる敦賀さんを起こすのが、本当に好き。
…だってすっごく可愛いんだもの。
可愛いとか、本人は面白くないかもしれないから口にしては言わないけど、
寝起きの敦賀さんなんて、ごく一部の限られた人しか知らないトップシークレット。
初めて見たときには、胸のあたりがぎゅーってなるくらい感動した。
また敦賀さんに近づけたって思ったら、嬉しくてたまらなくて、
これからもこの人のいろんなこと、いろんな表情を知りたいって強く感じた。
あれからもうずいぶん経つのに、そんな気持ち自体はあまり変わらない。
一緒に過ごした時間の中でお互いのいろんなことを見てきたと思ってても
やっぱり完全にわかりあうことって本当に難しいし、多分そんなことは不可能、じゃないかな。
完全にわかりあえないからこそ、相手のことが愛おしく思えるんじゃないかって。
敦賀さんに私の知らない世界があるのは当然のことだし、
私だって思ってることみーんな敦賀さんに知られちゃったらちょっと恥ずかしい。
別々の人間なんだってことを理解した上で、相手のことを一番大切に想う。
敦賀さんとはこれからもそんな風にしてずっと過ごしていきたいし、いけるはず。
今日は朝食の前にお洗濯。
洗濯機が回ってる間は、洗面所やお風呂場の気になったところをちょっとだけお掃除して、
止まったら今度は洗濯物を干しながら朝食のメニューを考えて、
いろんなことがひと段落してからベッドルームに行ってみると
敦賀さんはまだベッドの上ですやすやと眠っていた。
そっと近づいていって、ベッドの上に座る。
眠れる森の美女ならぬ、眠れる森の王子様、ってところかしら。
起きている時はもちろん顔つきが端正だけど、眠ってても、それが崩れないのはすごい。
すやすやと眠るお姫様を見つけた王子様は、あまりの美しさにびっくりしたのかしら。
すぐに口付けるんじゃなくて、その寝顔をしばらく見てたかも、しれないな。
今の私みたいに、ね。
「つるがさん」
声をひそめて、そっと彼を呼んでみる。もちろん、起きないように呼んだから身動きもしない。
ああ…幸せ。
幸せっていうのは、言葉のイメージからするとすごく大きなもの、とか
ドラマチックなことを想像したりするんだけど、違うのよね。
幸せっていうのは…こんな近くで敦賀さんの寝顔を見つめたり、2人きりで朝ご飯を食べたり。
つまり、敦賀さんと一緒にいること。
そんな私にとって特別なような当り前のような時間の中に、
数えきれないほどたーくさん、詰まってるんだってことに、気づいたの。
そういう風に思えるようになったのも、みんな、敦賀さんという存在があったから。
敦賀さんに逢わなければ、他の誰かにそういう想いを抱いていたのかな、なんて
考えても無駄なことだから、一度しか考えなかった。
正確な答えはきっと誰にもわからない。
だけど、今となってはそんなシチュエーションの想像がつかないから…白黒つけるなら、NO、かな。
眠れる森でお姫様を見つけた王子様も、たったひとりを探し求めていたんだものね。
だから私も、敦賀さんにたどり着いたときに悟った気持ちを、ずっと胸の中にしまってある。
あの時から、なーんにも変わってないの。
この人にたどり着くために私は、最上キョーコという人生を歩いてきたんだな、って。
そんな、私の人生にとってたったひとりの人と過ごす時間は、
どんなに短くても些細なことでも、幸せ以外の何物でもないの。他に代わる言葉なんてないくらい。
朝、眠ってる敦賀さんを見つめてる。こんな時でさえもう、胸がいっぱいになるくらい。
「そろそろ、起きないと…遅れちゃう、敦賀さん」
「ん」
「…起きてた…の」
さっきより少し大きめに名前を呼ぶと、すぐに返事が返ってきた。
熟睡してるもんだとばっかり思ってた私が驚いてるスキに敦賀さんの腕がにゅーっと伸びてくる。
こんなことも、日常茶飯ではあるけれど、幸せのひとつ。
眠るっていう、もっともプライベートで無防備な時間にそばにいることを許されてるなんて。
それを私のほうから、遮ることもできる、なんてね。
「いつから、そこにいた…?」
「ずーっと、かな…うふふ」
私が聞きたいわよ。いつから起きてたの、って。
そして笑ってごまかす私に敦賀さんがキス、しようとしたから、彼の唇にそっと指をあてた。
だーめ。
あなたは今日は森ですやすや眠る王子様、なんだから…
起きるためには何が必要なのか…わかるわよね?
あ…それは私だけが勝手に思ってたことで、敦賀さんにはわかるわけないか。
でも、今日はそうやって起きてもらうね、敦賀さん。
「もういっかい、目を閉じてみて?」
「ん…どうしたの…」
「いいから」
「はい…」
完全に覚醒してる風ではないからか、おとなしく私の言うことを聞く様子がすっごくかわいくて
きゅんきゅんしちゃう。
そうそう…王子様は眠ってるところを、キスで目覚めてもらわなきゃ。
「もうちょっと、起きちゃだめ、よ?」
そう言いながら、彼の唇をそっとふさいだ。
唇の表面でふれあっていたけれど、やはりというかなんというか、
そこから先へと簡単に踏み込んでしまう。
だ、め。
そんなキス、朝からしちゃったら…ダメよ王子様。
「おはよう…今日は朝からサービス、すごいんだね…」
「たまには…いいかなって」
「そう…毎回こんな感じでも俺はいいんだけど、ね?」
「たまーに、だからいいんじゃな…っん…」
最後まで言わないうちに、敦賀さんがその言葉を飲み込んでしまう。
さすがにまずい、と思ってるのかどうなのか、あまり深いキスには進まないで
ただ、ゆっくりと唇を触れ合わせているうちに少しずつ時間が過ぎていく。
ね、敦賀さん。
深いキスじゃなくてもこんな風にゆっくりずーっとしているのも、
あんまりよくないと、思うのだけど。
なんて思いながら、少しだけ、彼のしたいように任せておく。
今日も、敦賀さんが一日を始める瞬間に一緒にいることができて、とっても嬉しい。
こういう時間を持つために、毎日忙しくても、がんばれる、かな。
おはよう、私の王子様。
眠っているあなたもとっても素敵だけど、起きているあなたには…やっぱり敵わない。
2013/08/11 OUT