ひとりであなたを想う日。 -KYOKO

From -MARRIED

どんなに離れてても、帰ってくるところが同じ場所だっていうだけで
その距離が帳消しにされるような気がする。
同じ部屋で寝起きして、食事をして、いろんなことをして、
2人の共通のものや記憶やルールがたくさん増えていって、
私と敦賀さんの関係に「家族」っていう言葉がプラスされた。
恋人でもあるし、家族。
もう何にも邪魔されたりしなくていい。堂々と2人でいられる。
そばにいなくても一緒にいられる時みたいにすっごく幸せ。これって最強じゃない?

って思ってたのに。やっぱり違うんだわ。
だって…やっぱり寂しいもの…!寂しいし、いつも一緒にいてくれる人がいなくて…つまんない。
このお部屋。いくら敦賀さんとの想い出がたくさんだからって、
敦賀さんの香りでいっぱいだからって、やっぱり1人じゃ広すぎる。

今日はバレンタインデー。
私はその、敦賀さんと生活をしてるお部屋で1人悶々としながらお菓子を作ってる。
敦賀さんは…なんと海外。
お誕生日をお祝いしてすぐに行ってしまった。
帰ってくるのは、3日後。
忙しい人だから、それもしょうがないって、思ってるんだけど、
実際敦賀さんが仕事で家を空けたりすると、やっぱり寂しいの。
そんなことでワガママを言うつもりもないし、さっき言ったみたいに、
敦賀さんが帰ってくるのはこの家なんだから、1人でも大丈夫なんだけど、でも。
だってほら、もし何かあったとして、敦賀さんが無事に帰って来れなかったり…
なんて考えるだけで不安で一杯になる。
その人のことが大切な分だけ…そんな不安も大きくなる。
だから、次に逢えた時、例えば敦賀さんが笑いながら私に向かって「ただいま」って言ってくれた時、
それこそ私は泣いちゃいそうなくらい、嬉しい。

どっしりと構えて敦賀さんの帰りを待つ、なんて私にはまだまだ無理なのかも。
がんばってるつもりなのにな。

だから、私はお菓子を作るの。
今年は私の方も忙しくて、出発前に済ませられなかった。
帰ってきたらバレンタインデーしましょうね、って言って、敦賀さんを見送った。
敦賀さんのために、なんて言っておきながら、本当は自分のためなのかもしれない。
私の大切なあの人が、きちんとお仕事を済ませることができて、無事に帰って来れますように。
…そんな、願いを込めて。

「それにしても…これは作りすぎよね…」

ぼーっとしながら動かしていた手は、
いつの間にかキッチンいっぱいにチョコレートのお菓子を生み出していた。
チョコレートトリュフにカップチョコ、マフィン、ハート型のケーキ、ブラウニー、チョコプリン…
そんなに甘いもの大好き、ってわけじゃ、ないのにね…敦賀さん。
へへ…ま、いっかぁ…。1日遅れちゃったけど明日、お世話になってる人たちに配って、それから、
明々後日敦賀さんが帰ってきたら私も一緒に食べれば良いし、
敦賀さんだってきっと食べてくれるに違いない。優しい人だもん。
3日くらい、持つよね?お菓子。
それにしても…1年でお誕生日とバレンタインは1回ずつしかないのに、
今日に限って敦賀さんが留守なんて、何の罰ゲームなのかしら。
何か悪い行いでもしたかな、私。

「来年はそんなことが無いように、ちゃんとお願いしとかなきゃ、ね」

ハートのケーキにデコレーションを済ませ、明日人に渡す分をラッピングしてしまうと、
私は紅茶を淹れた。
お茶受けには、ごろごろと転がっているトリュフをふたつ。
ちょっとだけ、先に、バレンタイン気分に浸ろうかな。
敦賀さんがいつも羽織ってるあれ、着ちゃおうかな。そしたら一緒に食べてる気分になれるかも。
そして紅茶には、お菓子の風味付けにも使ったコアントローを少しだけ落とす。
1人でもぐっすり眠れるように。
敦賀さんと、夢で逢えるように。

そしてリビングのソファに腰を下ろし、カップに口をつけた瞬間、
チャイムのキンコーンという音が部屋に鳴り響く。

「え?」

なんだろう?聞き間違い、じゃ、ないわよね。
夜ももう8時を過ぎたのに、今頃チャイムが鳴るなんて。
敦賀さんはいないし、誰かお客さん…の予定はないけれど…。

「はい、え?あぁ、はい、わかりました」

インターフォンを取ると、管理室からだった。私に何か届け物が着たらしい。
とりあえず人に会っても恥ずかしくない格好に着替えてから、管理室に向かった。

*

「も…は、はずかしーな、なんか…」

部屋へと戻るエレベーターの中。
腕には、ともすると、顔が埋まってしまいそうなくらいの花束。
どうやってこんなにたくさんのバラを花束に仕立てたんだろう、っていうくらい、たーくさん。
真っ赤なバラ、ピンクのバラ、白いバラ…同じ色調でも少しずつ違うものがいろいろ。
それから、薄紫色の花とか、白い小花とか、何かもう、わかんないくらいよ。
ビックリしてる私に手渡してくれた管理人さんも、とても楽しそうに笑ってた。
こんなすごいの、見たことない、って。
わ、私もです、なんて言いながら受け取って、メッセージカードが付いているのに気付く。
小さな封筒を開けると、出てきたカードに書かれている敦賀さんの直筆のメッセージが見えた。

「ハッピーバレンタイン、アンド…あ、アイラブユーって…も…敦賀さん…」

つい口に出してしまった私に、管理人さんがくすっと笑う。
慌ててお礼を言って、エレベーターに駆け込む。
自分の乗ってきたのがそのままいてくれたお陰で待たずに済んだ。
扉を閉めてから、ふう、と一息つく。

敦賀さんと恋人になってから、バレンタインにもホワイトデーにも
2人で贈り物をし合うのが私達の習慣になった。
敦賀さんがバレンタインにくれるものは、花束と、それからアクセサリーだったり
私の好きなブランドのコスメとかバッグとかそんな物だったりするんだけど…
今年は、敦賀さんの出発前の準備や私の仕事が忙しくて実はそれどころじゃなかったりした。
私はともかく、敦賀さんが結構慌しくて、バレンタインのことなんてあんまり頭にないんだと思ってた。
普段からいろんなもの、敦賀さんからはもらってるし、物じゃなくて想いとか幸せとかそんなものだけど、
だからもちろんバレンタインに何ももらえなかったからって、特にどうとも思わないけれど、
コレは…嬉しい。やっぱり。
もう、敦賀さんたら、することがこっそりと派手なんだから。

部屋に帰って来てとりあえず、リビングのテーブルに花束を置いた。
本当にどっさり、って感じ。
一気に部屋の中が爽やかな香りに包まれる。
やっぱり、お花の香りっていいな…。それも、敦賀さんからもらったお花、だし。
どうしよう、花瓶には収まりきらないし、でも飾っときたいな…。
リビングとキッチンとベッドルーム。だけじゃ、きっと余っちゃうよね。いい方法、ないかな。

そうだ、敦賀さんに電話、しておこうっと。
ニューヨークだから時差があるのよね、えっと…
電話を手に取りながら時間を計算していたら、不意にその電話が鳴り出した。

「はっ、はい?」
『もしもし、キョーコ?』
「敦賀さんっ、今そっち何時ですか?もしかしてめちゃくちゃ朝早かったり…」
『うん、6時』

やっぱり。
慌てて出ると電話の相手は敦賀さんで、その敦賀さんがいるニューヨークは早朝。
以心伝心、かな。
電話しようと思ってたら、敦賀さんがかけてきてくれたなんて。

「お花、ありがとうございます。さっき着いたんですよ。下まで取りに行ってたの」
『あぁ、よかった。気に入ってくれた?』
「はい」
『朝は忙しいだろうと思って、夜にしたんだ。ビックリした?』
「しましたよー、すごく。でもすっごく嬉しい。ありがとう、敦賀さん」
『いえいえ、キョーコが気に入ってくれたら、俺も嬉しい』

国際電話だからかな、少し遠い声。
だけど、いつもと変わらない敦賀さんの口調が、私をホッとさせてくれる。
目を閉じたら、何千キロも離れてるなんて、わからないくらい。

「あのね、敦賀さん」
『ん?何かあった?』
「ううん、チョコのお菓子、作りすぎちゃった。帰ってきたら、一緒に食べてね?」
『そうか、楽しみだね。なるべく早く帰れるようにがんばるよ』
「ん、待ってる。気をつけてね」
『変わりない?』
「ないですよ。大丈夫。1人でちゃんといい子にしてます」
『寂しくない?』

笑うように私に問う敦賀さん。
寂しいですよ?だけど…あなたがここに帰って来てくれるってわかってるから、大丈夫。
声を聞いただけで、さっきまでの少し鬱々とした気分が晴れていく。現金な私。
だから、離れてた分は、帰って来てから埋め合わせしてね。約束。

「寂しいです。だから、早く帰って来てくださいね」
『了解。って…あー、俺の方が寂しいよ多分』

そんな言葉もどこか嬉しい。
好きだよ、って言ってもらってるのと同じくらい、私のことを想ってくれてるのがわかるから。
これからもこうやって、もっともっと、お互いのこと、好きになれるよね。
こんな風にしてもっともっと、愛し合って想い合って…2人一緒に。
あ、そうだ。いいこと思いついた。

「お花ね、たーくさんあって、どこに飾ろうかなって思ったの」
『うん』
「いいこと、思いついちゃった」
『何?』
「それは、敦賀さんが帰ってきてからのお楽しみ」
『そっか、わかった。じゃあ…帰ったら俺にも教えて?』
「うん。…だから、早く帰ってきてね。生水とか、飲んじゃだめですよ?無理もしないで、ちゃんと寝てくださいね」
『大丈夫、すごく優等生だよ。飲みの誘いも適当に切り上げてるし』
「今日は何時からなんですか?朝ご飯もちゃんと食べなきゃダメなんだからね」

電話の向こうで敦賀さんが、わかってるよ、大丈夫、ちゃんと食べるから、と笑う。
お互いに身を置いている時間が朝と夜でも、遠く離れてても、こうやって同じ時をわかちあえる。
電話越しだけれど、バレンタインを一緒に過ごしたのと、同じことよね。
だから私は日本で、残り少ない今日、敦賀さんを想って過ごそう。
お風呂に、さっき届いたバラの花びらを浮かべて、敦賀さんのことを、想おう。
それから、敦賀さんが帰ってきたら、今度は2人でバラのお風呂に入りましょう、って誘うの。
それが、敦賀さんへのヒミツ。
ちょっとだけ恥ずかしいけど、多分大丈夫。だって、バレンタインデーだもの。
女の子はね、バレンタインデーには普段とは違う不思議な力が、沸いてくるの。
その不思議な力を、もう少しだけ、取っておこう。

バレンタインデー。敦賀さんのすべてに、ありがとう。

「敦賀さん」
『ん?』

大好き…愛してる。だから、早く帰ってきてね。



2007/02/13 OUT

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